太田述正コラム#1354(2006.7.24)
<英米関係史と戦時国際法(その4)>(有料→公開)
ところがその後、米国が主張するところの、先制的自衛は認められるとする意見が次第に力を増してきました。
事情が変わったというのがその理由です。
第一に、国連憲章に言うところの、制裁措置ができる国連軍がいまだにつくれていないことです。
第二に、偵察衛星や通信の傍受による情報収集が可能となった結果、「潜在敵国」が軍隊を動かしたり、攻撃の体制を整えたりすると、これを探知してその国に攻撃開始の意図ありと判断することがかなりの確率で可能になったことです。
第三に、大量破壊兵器の時代になったため、第一撃を受けると壊滅的な被害を受けてしまう懼れがあることです。
第四に、国連憲章第51条「違反」の先制攻撃が横行していることです(注7)(注8)。
(注7)「違反」事例は、例えば次の通り。
<イスラエル>
1967年、エジプトのナセル大統領がイスラエルに向けて軍隊を移動させていることが偵察で分かったとして、イスラエルは、エジプト・シリア・ヨルダンというアラブ三カ国に対して先制攻撃を行ったところ、国連安保理、総会がそれぞれこの行為を侵略として非難決議を行ったが、制裁は行われなかった。
1975年、イスラエルはレバノンのパレスティナ人キャンプへの攻撃を行ったところ、国連安保理は非難決議を行ったが制裁は行われなかった。
(http://www.geocities.jp/huricom2004/Post-Graduate/intlaw_resume4.html
。7月11日アクセス)。
1981年7月7日、イスラエルがイラクのオシラクの原子炉を爆撃した。国連安保理は非難決議を行ったが制裁は行われなかった。(これについては、1949年にイラクは他のアラブ諸国と違ってイスラエルとの休戦協定に入らなかったので、法的にはイラクはイスラエルと戦争状態にあったという指摘もある。)
<米国>
1961年、米ケネディ政権は、キューバにソ連が核ミサイルを持ち込むのを阻止するとして、キューバ周辺海域を封鎖し、いわゆるキューバ危機を引き起こした。
1986年、ベルリンのディスコで米国人が2人、爆弾で殺害されたところ、その背後にリビアありとして、米レーガン政権は(将来の脅威を未然にを防止するため)リビアを爆撃した。
ブッシュ(父)大統領の暗殺未遂事件が起こったところ、これはイラクの仕業であるとして、米クリントン政権は1993年、(将来の脅威を未然に防止するため?)イラクの情報部を巡航ミサイルで攻撃した。
1998年、ケニアとタンザニアでアメリカ大使館が爆破されたところ、米クリントン政権は、(将来の脅威を未然に防止するため?)アフガニスタンのテロリストの訓練基地を巡航ミサイルで攻撃し、また、化学兵器をつくっている疑いがあるとしてスーダンの薬品工場を巡航ミサイルで攻撃した。
2001年9月11日に同時多発テロ事件の発生したところ、米ブッシュ政権は、(将来の危険を未然に防止するため)約1カ月の期間を置いてアフガニスタンを攻撃し、タリバン政権を転覆した。
<英国>
1982年、英サッチャー政権は、先制的措置として、アルゼンチン軍が占領した英領フォークランド諸島周辺150海里に排他的水域を設定した。
<スウェーデン>
1983年、スウェーデンは、12海里の領海内に入った外国の潜水艦に対し、武力攻撃する権利を主張した。
(注8)1945年に国連ができた当時から1999年までの間,国連の加盟国の三分の二にのぼる、189カ国中実に129カ国が国同士で戦っており、その結果,2200万人が死んだという調査結果もある。
第五に、(「注7」中でもテロリストがらみの事件が登場しているところ、)比較的最近における、国境を越えて活動するテロリスト集団の出現です。
テロリスト集団は、ゲーム理論で言うところの「反復的プレヤー(repetitive player)」ではないのであって、彼らは、既存の国際ルールを守ろうとはしない、国際的犯罪組織のような集団です。
そこから、警察が犯罪組織に対して犯罪が実際に起きる前に行動できるように、テロリスト集団に対しても先制攻撃が認められるべきだ、という議論が出てきたのです。テロリスト集団が大量破壊兵器で攻撃を仕掛けてくる可能性を考えればなおさらだ、というわけです。
ここまでくれば、タリバン政権下のアフガニスタンのように、国家がテロリスト集団を庇護しているような場合には、そのような国家に対しても先制攻撃が認められるべきだ、ということになりそうです。
また、北朝鮮のように、国家自体がテロリスト集団を兼ねているような場合にも、そのような国家に対して先制攻撃が認められるべきだ、ということになりそうですね。
こうした中、米ブッシュ政権によって2002年に打ち出されたのが、キャロライン・ドクトリンの現代版の、いわゆるブッシュ・ドクトリン(Bush doctrine)なのです。