太田述正コラム#1376(2006.8.15)
<自由民主主義の成立(その2)>(有料→2007.1.29公開))
(4)1851年の世界最初の万博
しかし、以上述べてきたような貴い犠牲だけで普通選挙が実現したわけではありません。
1851年にロンドンで開催された世界最初の万国博覧会(the Great Exhibition)は、産業革命や帝国形成による英国経済発展の成果を展示すると同時に、この博覧会を見物した英国の人々に、近代的な生活に対する共通の認識と憧憬を醸成しました。
その結果英国において、百貨店・大新聞・広告・郵便・幹線道路網・鉄道・旅行代理店・大衆芸能・美術展・大音楽会・ピアノ教習熱・インテリア熱・海水浴、等が出現することになります。
そして、このような英国文化の民主化こそが、普通選挙実現への最終的なお膳立てをしたのです。
(以上、http://observer.guardian.co.uk/review/story/0,,1843337,00.html
(8月14日アクセス)による。)
1856年の時点では、成人男子の六分の一しか選挙権を持っていませんでした。
それが1867年、1884年と選挙権が拡大し、成人男子の三分の二が選挙権を持つに至ります。
(以上、http://www.massey.ac.nz/~kbirks/history/votes.htm
(8月14日アクセス)による。)
(5)デーヴィソンの劇的な死
しかし、以上はあくまでも男子の話でした。
この段階でも、女子には全く選挙権は与えられていませんでした。
女子への選挙権付与に向けて、重い扉を開くきっかけになったのは、ある女性の「殉教」でした。
女子への選挙権付与を訴えてそれまで既に一度飛び降り「殉教」未遂事件を起こしていたデーヴィソン(Emily Davison。1872??1913年)は、1913年7月4日、ダービー(Derby)の日に、ロンドンの南の郊外にあるエプソム(Epsom)競馬場で、競技中に女性社会政治同盟の旗印を掲げて、英国王ジョージ5世とお后の面前で同国王所有の馬の前に飛び出してはねとばされ、病院に収容されて、意識が回復しないまま後日死亡するのです
(http://www.spartacus.schoolnet.co.uk/Wdavison.htm
(8月12日アクセス)も参照した。コラム#72も参照のこと。)
(6))1914??18年の第一次大戦
しかし、なお普通選挙の実現には多大な犠牲が必要でした。
第一次世界大戦は、総力戦であり、男子はもちろん、女子も様々な形で戦争遂行に協力させられました。
その結果、ついに戦争末期の1918年に、英国において男子普通選挙が実現するのです。
(戦争が民主主義をもたらすことについては、拙著「防衛庁再生宣言」の第5章(戦争と民主主義)参照。)
また、その際、同時に女子にも始めて部分的に選挙権が与えられました。
そして、1928年には、成人女子全員に普通選挙権が与えられます。
(以上、http://www.massey.ac.nz/~kbirks/history/votes.htm上掲による。)
4 終わりに
日本で男子普通選挙が実現するのは1925年・・(英国を含む広義の)欧州以外では初・・であり、英国に遅れることわずかに7年です。日本が頑張ったことは確かだとしても、そもそも英国が遅かったのではないか、という疑問がわきます。
まさにそのとおりであり、アングロサクソン文明は、何度も繰り返しますが、自由主義文明なるが故に、個人の自由を多数の力によって制約・圧殺しかねない民主主義には強い警戒心があり、ために民主主義=普通選挙の実現がかくも遅れたのです。
ちなみに、最初に普通選挙が導入された国はフィンランドで1906年です。
(以上、http://en.wikipedia.org/wiki/Universal_suffrage
(8月12日アクセス)による。)
それまで、成人の30%しか選挙権を持っていなかったのに、女子を含めて選挙権を100%にまで一挙に拡大したのですから、これは革命的な出来事でした。
それは、当時大公国としてロシア帝国に支配されていたフィンランドが、日露戦争での敗北にロシアが衝撃を受けていた時をとらえて、自由を拡大するために行ったものでした。
フィンランドは1917年にロシアから独立しますが、普通選挙制度はそのまま維持されたので、独立国としても、フィンランドは世界最初の完全普通選挙導入国だ、ということになります。
(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/5036602.stm(6月2日アクセス)による。)
こういう話を知れば知るほど、政治面でも軍事面でも明治・大正期の日本人は、本当によくやったと改めて痛感させられます。
しかし、何と言っても世界史的意義が大きいのは、世界唯一の自由主義的文明であったアングロサクソン文明が民主主義を採用することによって、グローバルスタンダードたる自由民主主義が確立したところの、1928年の英国の完全普通選挙導入でしょう。
その実現に向けて斃れた英国の大勢の人々に対して、心からの感謝と哀悼の意を表して筆を置くことにしましょう。
(完)