太田述正コラム#1377(2006.8.15)
<現在進行形の中東紛争の深刻さ(その5)>

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 小競り合いはあるものの、停戦はおおむね守られているようです。
 ヒズボラ側は、その指導者であるナスララも、民兵達も、異口同音に自分達は勝利したと言っています
http://www.guardian.co.uk/syria/story/0,,1844783,00.html
。8月15日アクセス)。他方、ブッシュ米大統領は「ヒズボラがイスラエルを攻撃したことによってこの危機を始め、ヒズボラはこの危機において敗北した」と語っていますし
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/14/AR2006081400094_pf.html
。8月15日アクセス)、イスラエルのオルメルト首相も慎重な言い回しながら、イスラエル軍はヒズボラの戦闘能力を大きく減殺せしめた結果、この民兵はもはや「悪の枢軸の走狗として国家内の国家」であるかのように行動することはできなくなり、この地域における「戦略的バランス」はヒズボラに不利な方向に傾いた、と述べたところです
http://www.guardian.co.uk/syria/story/0,,1844753,00.html
。8月15日アクセス)。
 どちら側の言い分が正しいかは、事実が証明しています。
 米・イスラエル側の言い分が正しく、ヒズボラは甚だしく弱体化したのです。
 イスラエルは「防衛的」軍事作戦の一環として、停戦発効以降ヒズボラ要員を6名殺害するとともに東レバノンのバールベックでヒズボラの弾薬輸送車を攻撃炎上させ、その一方でイスラエル政府は、ヒズボラの指導者達をあらゆる場所で追い求め続けるし、かつヒズボラへの補給を断つためのレバノンの空海域の封鎖を続ける、と言明しています
(ガーディアン上掲及び
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1844321,00.html
(8月15日アクセス))。
 それなのに、ヒズボラ側は、レバノン領内にとどまっているイスラエル軍への攻撃を続けるというナスララの宣言(コラム#1375)を忘れたかのように、停戦を基本的に守っているからです。
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 7月14日には、ヒズボラはレバノン沖のイスラエルのミサイル艇(Saar 5-class missile boat。65人乗り組み)を対艦ミサイルで攻撃し、乗員4名が死亡し、危うくこの艇は沈没するところでした。これはレーダー誘導の、中共のシルクワーム(Silkworm)対艦ミサイルのイラン版のC-802(射程70マイル)だったのですが、こんなミサイルをヒズボラが持っているとは米国もイスラエルも夢にも思わず、だから、この艦は対ミサイル防御システムをオフにしていたため、不意をつかれたものです。
 しかし、戦史的により注目されるのは、今次紛争の間中、ヒズボラがロケットをイスラエルの北部地域に毎日100発内外のオーダーで打ち込んだことです。
 ヒズボラは、射程7マイルのハセブ(Haseb)ロケットから始まって、約1万発の射程12マイルで口径120ミリのソ連(ロシア)製のカチューシャ(Katyusha)ロケット、数百発の射程30マイルで口径220ミリの200ポンド弾頭を搭載可能なイラン製のフェア3(Fair-3)ロケットのシリア版、若干数の射程45マイルで口径333ミリの440ポンド弾頭を搭載可能なイラン製のフェア5(Fair-5)ロケットや射程65??85マイル、一説には130マイルで口径302ミリのジルザル(Zilzal/Zelzal)ロケット、という具合に全部で12,000発から16,000発のロケットと1,000から1,500のロケット・ランチャー(発射台)をを持っていて、今次紛争中にロケットを約4,000発撃ったとされていますが、最後のジルザル・ロケット(少なくともテルアビブ郊外まで到達可能)は今次紛争では用いられませんでした。
 これらのロケットの命中精度は低いのですが、ヒズボラは、これらのロケットにクラスター爆弾やボールベアリング入りの爆弾を弾頭につめることによって殺傷能力を増大する、という創意工夫をこらし、イスラエルの北部地域の一般住民を恐怖にどん底に陥れました。
 悩ましいことに、イスラエルは、米国と共同開発したアロー対ミサイル・システム(Arrow-2 system)を持ってはいるものの、これは1991年の湾岸戦争の時のイラクからのスカッド・ミサイル攻撃のような長射程のミサイル攻撃に対処するものであって、ヒズボラのロケットのような短射程のものには有効ではないことです。
 そうなると、ロケットそのものを破壊するかロケット発射台を破壊するかしかないわけですが、ロケットもロケット発射台も小さいものが多く、容易に民家等に隠せるため、発見することが困難であり、しかも破壊しようとすれば、一般住民への被害が避けられないという問題があるのです。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/07/15/AR2006071500375_pf.html
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-mideast16jul16,0,3408307,print.story?coll=la-home-headlines
http://www.nytimes.com/2006/07/16/world/middleeast/16cnd-mideast.html?ei=5094&en=0ec1a8cec5ecad4b&hp=&ex=1153108800&partner=homepage&pagewanted=print
(いずれも7月17日アクセス)、
http://www.nytimes.com/2006/07/19/world/middleeast/19missile.html?pagewanted=print
(7月19日アクセス)、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/08/AR2006080801229_pf.html
(8月9日アクセス)による。)
 これは、テロ/ゲリラ勢力が、自爆テロに加えて、もう一つの有効かつ強力な攻撃手段を確保したことを意味します。
 イスラエルのケースで言えば、自爆テロを多用してきたパレスティナ過激派に対しては、占領地からイスラエル軍と入植者を一方的に撤退させるとともに、境界に隔壁(separation barrier)を設けることによって、自爆テロを封じ込めることに成功しつつあったところ、(パレスティナ過激派もささやかとは言えどもロケット攻撃を行ってきましたが、)ヒズボラによる威力あるロケットの大量打ち込みの「成功」は、かつてのレバノンからのイスラエル軍の一方的撤退の効果を無に帰せしめ、仮にレバノンとイスラエルの境界に隔壁を設けたとしても、何の意味もないことをはっきりさせた点でイスラエルに衝撃を与えています。
 つまり、パレスティナ過激派がガザ地区やヨルダン川西岸地区からヒズボラのように威力あるロケットを大量に打ち込んできた場合、イスラエルは対処することが極めて困難だ、ということです。
 この結果、イスラエルは、シャロン政権時代に採用した、ガザとヨルダン川西岸地区からの一方的撤退と隔壁の構築、という政策をまずザ地区(入植者9,000人の撤退)において実行に移したところ、シャロン政権の路線を引き継いだオルメルト政権としては、この政策を予定通りヨルダン川西岸地区(入植者70,000人)でも実行に移すことについては、慎重の上にも慎重を期さなければならないことになったのです。
(以上、
http://www.nytimes.com/2006/08/13/world/middleeast/13israel.html?ei=5094&en=c9c338a57d23bd74&hp=&ex=1155441600&partner=homepage&pagewanted=print
(8月13日アクセス)による。)

(続く)