太田述正コラム#1387(2006.8.25)
<現在進行形の中東紛争の深刻さ(その10)>
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フランスのシラク大統領は、8月24日、拡大UNIFILに既に増派したフランス軍兵士200人に加えて1,600人を更にレバノンに送る、と言明しました。もともとのUNIFILにフランスは200人送っているので、これで拡大UNIFILに2,000人をコミットしたことになります。現在のUNIFIL司令官はフランス人であるところ、引き続き同じ人物が拡大UNIFILの司令官を務める可能性が高まってきました。
フランスは、前回紹介したイタリアの積極姿勢(注16)を見て、急遽方針転換をしたのではないか、と取り沙汰されています(注17)。
(以上、特に断っていない限り
http://www.nytimes.com/2006/08/24/world/middleeast/24cnd-force.html?ref=world&pagewanted=print
(8月25日アクセス)による。)
(注16)イタリアは世界28カ国に8,600人の平和維持部隊を派遣している平和維持活動大国だが、レバノンに3,000人新たに派遣すれば、これはイラクに派遣している2,700人を超え、イタリアにとってレバノンはこれまでで最大の派遣先ということになる。イタリアの中道左派のプロディ(Romano Prodi)政権としては、前の右派のベルスコーニ(Silvio Berlusconi)政権の親米路線を転換し、イラクからイタリア派遣部隊の全面撤退を行うことによって、米国の不興は覚悟の上で「反米」のEU及びアラブ世界におけるイタリアの悪評を挽回しようとしていたところ、今回レバノンに3,000人派遣すれば、米国の覚えもめでたくなる、という計算があるものと考えられている。なお、イタリア世論はレバノンへの部隊派遣を強く支持している。イタリアの外相は、ガザ(南方戦域)にも(北方戦域)同様の国連平和維持部隊の派遣を考慮すべきだと語っている。
(http://www.ft.com/cms/s/be79541e-3372-11db-981f-0000779e2340.html、
http://www.haaretz.com/hasen/spages/754743.html
(どちらも8月25日アクセス))。
(注17)フランス政府は、任務遂行を阻害する者に対して武力を行使することが認められたことと、国連本部でUNIFILを指揮する人物に軍人をあてることになった、という2点を、フランスの方針転換の理由として挙げている。
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北方戦域で戦闘が始まる以前の段階で、イスラエルが、空軍少将である空軍参謀長を対イラン総司令官(General Officer Commanding=GOC)・・陸海空軍関係部隊とモサドと軍諜報機関の間を調整する・・に指名していたことがこのほどイスラエル紙で報じられました。
これが、米軍がイランの核施設を攻撃した暁に、イランがイスラエルに向けて発射する可能性がある弾道弾に対する防衛だけを念頭に置いたものか、それともイスラエル自身が近い将来、自らイランの核施設攻撃を考えていて、そのための措置であるのかは定かでありませんが、いずれにせよ、対イラン戦の勃発はそう遠くないということをひしひしと感じます。
(以上、http://www.haaretz.com/hasen/spages/754745.html
(8月25日アクセス)による。)
その一方で既に申し上げたように、イスラエルによって、イランの手先であるヒズボラは、少なくとも当分の間は無力化されましたし、もう一つのイランの手先であるハマスも押さえ込まれつつあります。
となると、イスラエルにとって残された課題は、ヒズボラ等とイランとの間の仲介役であるシリアをどうすべきかでしょう。
米国の有識者達の多くは、イスラエルによる対シリア武力攻撃を期待していると以前にも申し上げたところですが、シリアはイランと今年の6月16日に正式に同盟条約を結んでおり、ヒズボラ向けの軍需物資の大部分はシリア経由で送り込まれており(注18)、シリアはハマスの軍事面の総元締めであるメシャール(Khaled Meshaal)を匿っており(注19)、また、新しくできたイラン・シリア合同諜報センターがシリアに所在している、等を考えると、イスラエルは、対イラン戦の勃発以前にシリアを武力で恫喝し、あるいはシリアを武力攻撃することによって、シリアの無力化を図るべきように思えるところです。
しかし、いかんせん、イスラエルの抹殺を口にするアフマディネジャド大統領を擁し、既に保有している運搬手段(弾道弾)とあいまって、物理的にイスラエルを抹殺できる兵器である核兵器の開発を続けているイランと違って、シリアのアサド(Bashar al-Assad)大統領は、イスラエルの抹殺を口にしているわけではなく、また、物理的にイスラエルを抹殺できる兵器を保有しようともしていない(注20)以上、そんなシリアを、自由民主主義国であるイスラエルが、一方的に武力で恫喝したり武力攻撃したりするわけにはいきません。
(以上、
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-boot23aug23,0,5605452,print.column?coll=la-opinion-center
。8月24日アクセス)。
(注18)北方戦域での停戦発効後、ただちにシリア経由のヒズボラへの軍需物資の補給は再開されていると考えられている
(http://www.nytimes.com/2006/08/16/world/middleeast/16cnd-mideast.html?ref=world&pagewanted=print
。8月17日アクセス)。
(注19)今次レバント紛争の最初の引き金となったガザ付近のイスラエル領内でのイスラエル兵士1名の拉致問題も、下手人であるハマス等の手を離れており、解決されるかどうかはシリアの一存次第であると考えられている
(http://www.haaretz.com/hasen/spages/754097.html
。8月25日アクセス)。
(注20)シリアは軍事的にイスラエルに対抗するすべはない。1982年のシリア空軍とイスラエル空軍との間の戦いでは、シリアは戦闘機を80機失ったが、イスラエルは1機も失わなかった。この力の差は、その後更に拡大している。(http://www.csmonitor.com/2006/0825/p05s01-wome.html
。8月25日アクセス)
最近ますますエスカレートするばかりのアサドらシリア首脳によるイスラエル、更には国連に対する一連の挑発的発言は、以上のすべてのことを承知の上での、リスク覚悟の綱渡り的発言であると私は見ています。
8月23日、アサドは、北方戦域での紛争勃発に関し、ヒズボラの(イスラエル兵拉致という)挑発行為を非難したアラブ諸国首脳達を「人間以下」とこきおろしたのをトーンダウンする一方で、国連平和維持部隊がシリア・レバノン国境に配置されるならば(注21)、それはレバノンの主権侵害であり、シリアに対する敵対行為である、とドバイTVとのインタビューで挑発的に語りました。
(注21)安保理決議は、レバノン政府の要請があれば、拡大UNIFILは、国境の防備と違法な武器の流入防止について同政府の支援をすることができる、としている。
また、シリアの外相は、訪問先のフィンランドで、国連平和維持部隊が国境に配置されたならば、シリアはレバノンとの国境・・レバノンは陸上においてイスラエルとシリアとしか接していない・・を閉鎖する、と語りました。
こうした中で、直接シリア領内からイスラエルに向けて挑発行為が行われれば、それがどんなにささやかなものであろうと、イスラエルが大々的な「反撃」を行う可能性が高まっていると言わざるをえません。
恐らくアサドは、1967年にイスラエルに占領されたゴラン高原を取り戻せないまま、昨年、レバノンからシリアの軍隊及び諜報機関の撤退を余儀なくさせられ、あまつさえ、今次レバント紛争において、これまで、イスラエル政府からも米国政府からも、更にはレバノン政府からでさえ、全く無視されてきたことに対し、シリア国民の憤懣が臨界点に達しており、リスクがあっても、そのガス抜きをしないと政権が持たない、と後ろ向きの判断をしたのでしょう。
(以上、
http://www.csmonitor.com/2006/0825/p05s01-wome.html上掲、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/5283872.stm、及び
http://www.haaretz.com/hasen/spages/754684.html(どちらも8月25日アクセス)による。)
しかし、リスク覚悟で綱渡り的な挑発的発言を対外的に行うくらいであれば、アサドは、むしろこの禍機にシリア国内において、シリアの自由民主主義化を念頭に置いて、シリアのイランやヒズボラ等との絶縁に向けての前向きの第一歩を踏み出すべきでした。
そうしなかったことを、私は彼とシリア国民のために心から惜しむものです。
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(続く)