太田述正コラム#1395(2006.9.2)
<ベスラン惨事の真相>
1 始めに
米国政府のやることを陰謀論的に把握しようとするのは禁物ですが、ロシア政府のやることは、昔も今も陰謀だらけだと思った方がよい、と私は考えています。
そもそもプーチン大統領はKGB出身であり、なおさら陰謀を駆使していると思った方がよいのです。
2004年9月1日に、その大部分が子供達であるところの331名以上の犠牲者を出したベスラン惨事(コラム#464??467、469、474、476、477)が起こってからちょうど2年経ちましたが、この惨事の原因について、これまでのロシア政府の説明に真っ向から異を唱える説が最近登場しました。
この説によれば、ベスラン惨事は、プーチン政権が意図的につくり出したものだ、というのです。
それでは、この説をご紹介しましょう。
(以下、特に断っていない限り
http://www.time.com/time/world/printout/0,8816,1516216,00.html
(9月1日アクセス)、及び
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/5302448.stm
(9月2日アクセス)による。)
2 惨事の原因
ロシアの国会議員で国会のベスラン事件調査委員会のメンバーであるスヴェリエフ(Yuri Savelyev)は、武器や爆発物の専門家でサンクト・ペテルブルグのバルト機械工学大学の学長であった人物ですが、このたび、子供達を人質にとって立てこもっていたゲリラとロシア治安部隊との衝突は、ゲリラ側の発砲や爆弾の爆発によって始まったのではなく、ロシア治安部隊のバズーカ砲(rocket-propelled grenade=ロケット推進手榴弾)や発炎弾(flame-thrower)の発射によって始まり、ゲリラ側が建物内に設置していた爆発物が爆発したのは、22秒も経ってからであり、これは治安部隊の砲撃の誘爆であると考えられ、しかも、その後治安部隊は戦車砲まで用いて被害を大きくした、と指摘しました。 彼は、一番最初に爆発が起こったとされる部屋の窓枠やドアの壊れ方が外から爆発物が打ち込まれたことを示していることと、その爆発物の残留物が、治安部隊の爆発物のものであること等から、科学的に上記結論を導き出したのです。
さまざまな状況証拠が、スヴェリエフ説の信憑性を裏付けています。
第一に、ベスランが位置するロシアの北オセチア共和国の調査委員会が、早くから、ロシア治安部隊がバズーカ砲・発炎弾・戦車砲を用いたと指摘していたのに、プーチン政権は昨年までそれらの事実、とりわけ発炎弾の使用を否定していたことです。プーチン政権が、ベスラン惨事についての情報を隠蔽しねじ曲げようとしてきたことがこれだけでも分かります。
第二に、プーチン政権は一貫して否定していますが、ロシア治安部隊を現地で取り仕切っていたのは、謀略がお手の物である(KGBの後継たる)FSBであり、しかもFSBは最初から攻撃を準備していた、という有力情報があることです。
第三に、国会の上記調査委員会が結論を出すのを先延ばしにしていることです。これは、プーチン政権の息がかかった大部分のメンバーをもってしても、このスヴェリエフ説は簡単には葬り去ることができないほど説得力のある説であることから、彼らがその取り扱いに苦慮しているということを意味しているように思われることです。
第四に、この人質事件を引き起こしたゲリラはバサーエフ(Shamil Basayev。コラム#467。2006年7月にロシア治安部隊によって殺害)の手下でしたが、チェチェンの反ロシア・ゲリラのもう一人のリーダーであったマスハドフ(Aslan Maskhadov。コラム#467。昨年3月にロシア治安部隊によって殺害)は、子供達が人質にとられたことを知って、北オセチア共和国大統領のジャソーホフ(Alexander Dzasokhov)と連携しつつ、ゲリラ側とロシア政府側との調停に乗り出し、それに成功する目前であったところ、プーチン政権としては、マスハドフのがロシアや世界で人気を博すようなことになるのは困ると考えていたはずであることです。
第五に、ベスラン惨事のわずか10日後に、プーチンが、テロリストとの戦いに勝利するためにロシアを抜本的に作り変えるという声明を発したことです。その後2年以内に、ロシア国会はプーチン政権の下請け機関へと変貌させられ、マスメディアは沈黙させられ、ロシアの富の源泉である化石燃料はプーチン政権の管理下に置かれ、地方自治は骨抜きになり、FSBの権限は強化され、こうしてロシアの自由民主主義は大幅に退行させられ、ロシアはプーチンの望み通りの国になったことはご承知の通りです。
3 コメント
先般の北方領土付近の海域におけるロシア当局による日本漁船射撃事件も、プーチン政権の指示の下で、日本の漁船員の殺傷を意図してロシア側が引き起こしたものであることに恐らく間違いはないでしょう。
そんなロシアを米国がサミット構成国に加えようとした時に、日本は全く異を唱えなかったわけですが、今やロシアをサミット構成国に加えたことを後悔している米国としては、この期に及んでまだ米国から独立しようとせず、何事も米国まかせの日本への軽蔑を一層募らせていることでしょう。