太田述正コラム#1398(2006.9.5)
<現在進行形の中東紛争の深刻さ(その14)>
3 南方戦域
(1)続くイスラエル軍の攻勢
北方戦域とは異なり、今でも南方戦域では戦闘が続いています。
とはいえ、その実態は、イスラエル軍による一方的な掃蕩作戦といった趣があり、ガザ地区を中心に「開戦」後現在までの10週間で、イスラエル軍はガザ地区に向けて、270回以上の空爆を行い、無数の地上攻撃を行い、更に絶え間なく砲撃を加えてきました。これに対し、ハマス等の武装組織も抵抗するとともに、ロケットをイスラエル領内に向けて打ち込んできたのですが、イスラエル側の死傷者は、友軍誤射によってイスラエル軍兵士が1人死亡、ロケットによって11人の一般住民が負傷、とごくわずかにとどまっているのに対し、パレスティナ側では女子供を含む約250人が命を落とし、数百人の負傷者が出ています。しかも、数千人が避難生活を余儀なくされており、イスラエルがガザの発電所を破壊したため、電気は6時間しか通じていませんし、水の供給も滞りがちです。
8月末、イスラエル軍は、ガザ地区の内部からイスラエルとの「関所」に通じる全長約150ヤードのトンネルを発見したとし、これは武器の密輸やイスラエル兵士攻撃のためのものだ、と解説し、ガザ攻撃を継続する必要性を訴えました。
(以上、
前掲、及び
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/5304328.stm
(9月5日アクセス)による。)
また、ハマスの政治家のイスラエル軍等による逮捕も引き続き行われており、今や、議長を含む議員24名以上や副首相・蔵相等の閣僚達がイスラエルに拘束されています(
。9月3日アクセス)。
そこへ、9月4日、イスラエルのオルメルト首相は、エルサレム近郊のイスラエル人入植地で690戸の住宅を建設することを許可しました。
イスラエル政府が、2001年3月にブッシュ米政権に対し、イスラエル政府の意向に反して違法に(イスラエルの占領地に)建設された30のイスラエル人入植地を撤去するとの束したにもかかわらずこの約束を実行していない上、今回、このような入植地の「拡大」を行ったことに対し、米国政府は不快の念を表明しました。
オルメルトは、同日、イスラエルの国会で、「数ヶ月前に私が正しいと思っていたことは変わった。・・現在にあっては、<パレスティナ領域とイスラエル領域の>境界線の引き直し問題は二ヶ月前のような高い優先順位ではなくなってしまった」と発言しましたが、上記許可は、このようなイスラエル政府の政策転換を踏まえて行われたものと見られています。
(以上、
http://www.nytimes.com/2006/09/05/world/middleeast/05mideast.html?pagewanted=print
(9月5日アクセス)による。)
このように、軍事、政治、そして後述するように経済にわたって、イスラエルはパレスティナのハマス政権への全面的攻勢を続けているのです。
(2)パレスティナ一般住民の怒り
かねてより、ヨルダン川以西のイスラエル占領地では、イスラエル軍によって各所で検問や規制が行われているため、経済活動は窒息状況に陥っています。
その結果、パレスティナの人々の80%は貧困ライン以下の生活を余儀なくされてきました。
これに加えて、「開戦」以来、米国とEUはパレスティナ当局への援助を取りやめ、また、イスラエルはパレスティナ当局に代わって徴収しているパレスティナの関税・租税収入のパレスティナ当局への納入を中止したこともあって、パレスティナの総雇用の三分の一を占める公務員への給与の支払いは(「開戦」より以前の6ヶ月前から)止まったままです。
このため、「開戦」以来、公務員の多くは交通費を捻出できないことから欠勤を余儀なくされているところ、(パレスティナ議会で少数派に転落して政権をハマスに譲り渡した)ファタが(ファタ出身のアッバス・パレスティナ当局議長の意向を受けて)公務員によるゼネストを画策し、新学期の始まりをねらって開始された学校教師達のスト突入を皮切りとして、他の公務員のスト突入が続いています。
アッバス議長のねらいは、ハマスに対し、事実上イスラエルの存続を認める形でのファタとの「挙国」一致内閣(national-unity government)組閣を飲ませることです。
パレスティナ一般住民の怒りは次第に、イスラエルの存続を認めようとしない頑迷固陋なハマスに向かいつつあります。
(以上、
前掲、BBC前掲、及び
(9月4日アクセス)による。)
(3)ハマスによる降伏に向けてのアドバルーン
シリアを根拠地としているハマスの強硬派はともかくとして、現在ハマス政府に入っている、ハニヤ(Ismail Haniya)首相以下のハマスの穏健派は、イスラエルに降伏する寸前であると見てよいでしょう。
その証拠が、8月27日にファタ系の新聞に掲載された、ハマス政府のスポークスマンの、「個人的見解」を表明した論考です。
この論考は、次のように、パレスティナの人々に自省を促します。
幸いにもイスラエルがガザを撤退したというのに、「ガザは無秩序の軛とならず者達の剣によって窒息させられている。・・自己批判と自己評価こそ大切だ。われわれは自分の過ちを他人のせいにばかりしてきた。・・一体、<イスラエルによる>占領と、混沌・無秩序・無差別殺人・土地窃盗・家族間の敵対関係・公の土地の占拠・交通の無法状態、との間に何の関係があるというのだ。われわれの思考能力をマヒさせてきたところの陰謀論的志向にわれわれは依然からめとられている。・・<ガザの>人々の苦しみを軽減させるためにラファーの「関所」を再開させる努力が行われているというのに、この「関所」に向かってロケットを打ち込む輩がいたり、<イスラエルとの>停戦とその意義について議論が行われているというのに、もっと<イスラエルに>ロケットを打ち込もうとし、実際打ち込む輩がいることは奇妙なことだ」と。
(以上、
(8月29日アクセス)による。)
こんなアドバルーンが上げられた以上、ハマスの降伏・・挙国一致内閣の成立・・はそう遠くない
(http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1865010,00.html
。9月5日アクセス)という観測が出てきているのもむべなるかなです。