太田述正コラム#1413(2006.9.20)
<重村智計氏の本(その2)>
3 首をかしげたその他の点
この本のサブテーマの一つは、「日本はいまや、・・<かつての>朝鮮半島や中国<のような>・・科挙の制度による中央集権制と同じ官僚の弊害に、直面している」(13頁)、という、私も共感を覚える重村氏の主張を、日朝首脳会談等を所管した田中均外務省アジア大洋州局長(当時)らの外務官僚を俎上に載せて裏付けることです。
しかし、田中局長が、「一通の外交記録も残さず、北朝鮮と秘密交渉を行<う・・という>国会対策的手法<で>・・日朝の首脳会談を推進した」(18頁)ことを重村氏のように非難するのは全く筋違いです。
田中局長がカウンターパートとした北朝鮮の国家安全保衛部(諜報機関)高官のミスターX(注5)(183頁)をそれまでの統一戦線部の黄哲(ファン・チョル)に代わって日本政府との連絡役にしたと通知してきたのは北朝鮮政府であると重村氏は記しています(88、116??117頁)。
(注5)国家安全保衛部副部長。後第一副部長(部長欠なので実質的には部長)(183頁)。彼はもともと、日朝交渉を監視し、金正日に報告する責任者であったという(128頁)。
だとすれば、このミスターXと田中局長らが行う交渉がうさんくさい秘密交渉のわけがありません。
例えば、私は防衛庁時代に国連海洋法会議の日本政府代表代理の辞令をもらい、いわば臨時の外務省職員になって外交旅券でジュネーブに飛んで国際会議に臨んだことがありますが、ミスターXの立場もそれと同じことです。
私の場合と違ってミスターXの場合、(北朝鮮の)外務省の指揮命令に服さないのかもしれませんが、そんなことを問題視していたら、北朝鮮憲法には一切の武力を指揮・統率し、国防事業全般を指導するとだけあって、外交を指導するとは書いてない国防委員会(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E5%9B%BD%E9%98%B2%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A
。9月19日アクセス)の委員長でしかない金正日が小泉首相のカウンターパートとして、日朝首脳会談に臨んだり、平壌宣言に署名したりする権限があるのかどうかすら、疑問視する必要が出てきます。
北朝鮮がまともな国ではないことを、北朝鮮専門家の重村氏にお教えする必要はありますまい。
重村氏はまた、北朝鮮の外務省を相手に交渉すべきであったとし、その理由として、外交官はウソをつかないけれど、工作機関員はウソをつくことを商売にしている(116頁)ことを挙げていますが、そんなバカな話はない。
外交官にせよ、工作機関員にせよ、個人レベルの倫理と組織の一員としてのレベルとは切り離して考えなければならないことぐらい、毎日新聞という大組織の一員であった重村氏はお分かりでないのでしょうか。
かく言う私も、個人的にはバカがつくほどの正直者であることは自他共に許すところですが、防衛問題に係る日米交渉に携わった際には、日本「保護国」政府首脳の方針に従い、「宗主国」米国政府に対してしばしば、場合によっては外務省もだまして、悪意や善意のウソをついたものです。
なお、重村氏は簡単に工作機関員とおっしゃるが、私は工作機関員でございます、とはまず彼らは名乗りません。そもそも、外交官の中に工作機関員が混じっていることは国際常識です。
だから、私が職務上、あるいはプライベードでつきあった外国人(や日本人)のうち、誰が工作機関員であったかは確言できませんが、工作機関員ではないかと疑った人々は、おしなべて個人レベルでは、むしろそれ以外の人々よりも正直である、という印象を持っていることを付言しておきましょう。
なお、重村氏は、外務官僚の堕落・無能ぶりの例証として、歴代のアジア担当局長等の外務官僚が一貫して日朝国交正常化の方が拉致問題よりも重要と考え、しかも拉致問題こそ重要だと日本の世論が考え始めた頃になってもなお国交正常化や核問題の方が重要だと世論をミスリードし続けたことを挙げています(116、228??230頁)が、これもおかしい。
重村氏自身が指摘するように、日本の政治家は一貫して北朝鮮に甘く、しかも利権漁りのために北朝鮮との議員外交に従事する人々が少なくありませんでした。メディアもそれを後押しないし黙認していました。(239??250頁)
当然世論もそうであったはずです。
こんな中で外務官僚達だけが別の動きができるわけがありませんし、別の動きをしたとすれば僭越というものです。
拉致情報が次第に増え、拉致被害者達の努力もあって、やがてメディアが変わり、そして世論が変わり、だから政治家の意識も変わった段階で、政治家の指示に従い、外務官僚が拉致問題に取り組み始めた、ということであり、それでよいのです。
責められるべきは、もっと早く拉致問題の重要性を認識し、世論を啓発すべきであった日本の政治家や(外務官僚OBを含む)有識者です(注6)。
(注6)誤解しないでほしいが、私は外務官僚もまた、他の官僚と同様、その多くが無能で堕落していると指摘するとともに、外務官僚特有のゆがんだ人間像も指摘してきた(コラム・バックナンバー省略)。「実は、日本の外交官の一部には、米国の外交官を小バカにする人たちがいる。・・米国務省の高官に「君らは、どうせ四年もすれば、交代するだろう」といった態度を取る・・。また、・・ワシントンの駐米日本大使館の若い外交官の中には、・・自分たちは、日本外務省の「主流」だが、・・国務省の日本担当の外交官・・たちは出世にはずれた「傍流」ではないか、と・・軽くあしらう人たちもいる。」(45頁)は、まさにその通りだろうと思う。
また、私自身、田中均氏については、北米局審議官時代の彼を知っているが、アジア大洋州局長時代の彼の拉致被害者への冷たい態度も合わせ、高い評価はしていない(コラム#45、63、85、86)。
(続く)