太田述正コラム#1436(2006.10.7)
<米軍事権限法制定と世界史(その3)>
(有料コラムの間隔が開いていることを、有料読者の皆さんに申し訳なく思っています。)
ニール・ファーガソンの論考からの引用を続けましょう。
そのほか、英国の捕虜は奴隷労働に従事させられた(注10)。一番知られているのは、泰緬鉄道建設のための奴隷労働だ。逃亡しようとした者には物理的制裁が加えられた(注11)。もっとも、大部分の捕虜の死亡原因は、肉体的過重労働と虐待によって悪化させられたところの、栄養不良と疾病だった(注10)。また、日本の米軍捕虜の42%は生還しなかった(注12)。
以上が、ジュネーブ条約を「変更」したことの帰結だった。
(注10)ナチスドイツ軍は、英米軍の捕虜のうち将校には労働を免除したが、ジュネーブ条約にそんなことが書いてあったわけではない(
http://en.wikipedia.org/wiki/Prisoner_of_war
。10月6日アクセス)。日本軍は将校にも労働させる等、ナチスドイツ軍のようには丁重に英米人等の連合国白人捕虜を扱わなかった。だからといって「奴隷労働」というような言葉を用いるのはおかしい。ここにもファーガソンの悪意を感じる。
(注11)先の大戦中、日本軍はタイとビルマを結ぶ兵站路を確保するため、密林山岳地帯に415kmの鉄道を建設した。工事には日本軍鉄道隊1万5,000人と連合国白人捕虜30,000人、東南アジアの労働者10万人(徴用したわけではない)が動員された。建設工事の途中で例年よりも早い雨季が到来したため、山奥の多数の工事現場が孤立し、食料、医薬品の供給が途絶したところへコレラやマラリヤが襲った。
その結果、連合国捕虜約6,000人、現地人労働者多数が死亡した。しかし、日本軍兵士も約1,000人死亡しており、死亡率にして約0.7割であるのに対し、捕虜の死亡率は約2割と多いことは多いが、(シベリア抑留の際に抑留者を監督したソ連軍から死者がほとんど出ていないことに鑑みても、)これだけで虐待と言えるかどうかは疑問だ。日本軍は、捕虜をできるだけ自分達と同等に処遇したものの、食事の内容や量が日本人に比べて体格の良い捕虜にとっては不足であったのだろうし、日本人に比べて白人は高温多湿の環境への耐性がなかったのだろう。
戦後、日本軍兵士約5,700人がBC級戦犯として摘発され、うち約4,800人が裁判にかけられ、900人以上が死刑に処せられた(
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20061001/mng_____sya_____007.shtml
。10月1日アクセス)。死刑に処せられたA陸軍大尉は、「ソクラテスもいっているごとく罪ありて罰せられるより、罪なくして罰せらるること喜んでいただきたい・・家名を傷つけて死んでゆくものでもないことを信じていただきたい」と記し、同じく死刑に処せられたB陸軍中尉は、「自分の犯した過去の罪に対する懺悔の中に死への諦めを見出すのと違い、ぜんぜん違った方法で死へのあきらめを見出さねばならぬ私たちの苦しみはまた格別のものである」と記しているところから見ると、日本軍側に捕虜を虐待したという意識がなかったことは間違いなさそうだ。
(以上、特に断っていない限り
http://www17.ocn.ne.jp/~maru/前掲による。なお、数字を一部、
http://www.hozokan.co.jp/rekikon/kanto/kanto149.htmlで補正した。)
蛇足ながら、BC級戦犯で処刑された者には朝鮮半島出身者が少なくなかったところ、そのことをとらえて、「<英軍は、>旧植民地出身者を日本人として裁き、<その>被害<者として>の部分を全く見ていなかった。<朝鮮半島出身者のうち>エリートほど、・・最期の和歌<等において、>日本文化を身に付けていたことがに現れており、痛々しい」といったことを言う日本人の論者がいる(東京新聞上掲)が、ナンセンスだ。日本帝国の一市民として共通語であった日本語を駆使できたことと彼らの民族意識とは矛盾しないし、日本人兵士も彼らの民族意識を尊重していたように思われる。実際、朝鮮半島出身者の中には「大韓帝国万歳」と言って処刑された者もいたが、日本人兵士達はそのことを気にもとめていない(http://www17.ocn.ne.jp/~maru/上掲)。
(注12)英軍捕虜の死亡率25%(http://www.hozokan.co.jp/rekikon/kanto/kanto149.html上掲)に照らしても大きすぎる数字だと思うが、調べられなかった。
以上、ファーガソンの論考を脚注形式で批判してきました。
皆さんはどう思われたでしょうか。
それにしても、ファーガソンはどうしてかくも先の大戦の日本軍の連合軍捕虜「虐待」にこだわるのでしょうか。
これについては、先の大戦において、英国は日本に勝利したことになってはいるものの、大英帝国は事実上日本によって瓦解に追い込まれたのであって、そのような意味においては、英国は日本に大敗北を喫した、ということが英国人にとってトラウマとなっており(コラム#1250)、ファーガソン自身もまた、このトラウマに苛まれているからだ、と私は思うのです。
(完)