太田述正コラム#1458(2006.10.20)
<北朝鮮核実験(続々)>
1 崩壊目前の北朝鮮?
昨19日、TV朝日のお昼のスクランブルで、北朝鮮の国境警備兵が、戦争が起こってもいいから、こんな生活から抜け出したいと語っている、という話が報じられていましたが、昨日付でニューヨークタイムス電子版に、崩壊目前とも言うべき北朝鮮の実態を報じるルポルタージュ記事(
http://www.nytimes.com/2006/10/19/world/asia/19defect.html?_r=1&oref=slogin&ref=world&pagewanted=print
。10月20日アクセス)が載っていたので、その概要をご紹介しておきましょう。
北朝鮮で2002年に市場経済が部分的に導入されてからというもの、北朝鮮当局の国民掌握能力急速に失いつつある。
何でも買えるようになったことに伴って、外国の情報が浸透してきたため、イデオロギーの権威が失われつつあるからだ。
そして、腐敗やコネでしこたま設ける者が現れる一方で貧富の差は拡大し、カネ万能の風潮がまかり通ようになった。
脱北するためには、かつては厳しい監視の目をどうくぐり抜けるかが勝負だったが、いまや、カネがあるかどうかだけで脱北の成否が決まる。首都平壌周辺でこそ当局の威令はまだ行き届いているものの、辺境に行けば行くほど監視の目は行き届いていない。
とはいえ、脱北するためのコストは決して安くない。平均で一人当たり3,000米ドルといったところか。
今では、90年代のように飢餓から免れるために脱北する人はおらず、韓国にいる家族に合流するためか、もしくは、よりよい生活を求めて脱北するする人ばかりだ。
脱北ルートを逆にたどって、外国から北朝鮮内へ送金することも容易になった。ただし、送金額の最低2割の手数料を払わなければならない。
北朝鮮当局は、いまだに米国を悪の権化として攻撃しているけれど、今では、米国の映画を観ているところを発見されて逮捕されても、ののしられるだけで解放されるようになり、国民にとって米国はまぶしい夢の国となった。
なるほど、金正日が中共から強く勧められた市場経済導入を、2002年まで回避し続けたわけです。
どうして、中共では市場経済化がただちに中国共産党の統制力の低下につながらなかったのに、北朝鮮ではこんなことになってしまったのでしょうか。
中国共産党は、土着の秘密結社としてスタートし、日本の支那支配とも一応戦ったのに対し、金一味は、ソ連の傀儡であり、日本の朝鮮半島支配とほとんど戦ったこともない(コラム#98)、というところにまで遡る、後者の正統性の薄弱さなのでしょう。
しかも、金一味は、金日成から金正日への世襲を行うことによって、正統性を更に低下させてしまったと考えられます。
2 金一族による北朝鮮支配の特質
(1)始めに
過去の歴史となる日がそう遠くないと思われる、金一族による北朝鮮支配ですが、その特質とは何かという議論が、北朝鮮の核実験を契機として、改めて米国のメディアに登場しています。
日本でも、しばしば、韓国は戦前の日本の正の側面を承継し、北朝鮮は負の側面を承継した、といった指摘がなされることがありますが、ニューヨークタイムスとクリスチャン・サイエンス・モニターは、それぞれ、金一族の北朝鮮支配は、戦前の日本のやり方をを蹈襲したものであるとする論考と記事を載せています。
(2)ニューヨークタイムス
ニューヨークタイムスは、韓国の大学で教師をしているマイヤーズという米国人とおぼしき人物の次のような論考(
http://www.nytimes.com/2006/10/12/opinion/12myers.html?pagewanted=print
。10月13日アクセス)を掲載しました。
北朝鮮はしばしば、スターリン主義国家と称されるが、戦前のファシズムの日本との類似性の方が大きい。
1930年代の日本人と同様、北朝鮮人は、自分達が何千年も前の一人の人物から始まったと考えている。北朝鮮のあの有名なマスゲームは、スターリン主義の発露などではなく、民族の血の純潔性の発露なのだ。民族の純潔性を象徴する雪を頂く山等を背景にして、白馬にまたがって描かれる金正日は、かつての裕仁の描かれ方そっくりだ。
だからこそ、北朝鮮は、戦前の日本同様、国際法など眼中になく、徳の高い自分達は、敵であれ味方であれ、自分達より道徳的に劣った連中の意向に従う必要はない、と考えるのだ。
金正日も裕仁同様、決して自殺的行為を行うような人物ではないが、自殺的行為の敢行を恐れるなと国民を洗脳している点でも両者は似ている。
(3)クリスチャン・サイエンス・モニター
クリスチャン・サイエンス・モニターは、18日付の電子版の記事(
http://www.csmonitor.com/2006/1018/dailyUpdate.html
。10月19日アクセス)の中で、次のようなリュープ(Gary Leupp)タフト大学教授の論考を紹介しました。
北朝鮮は、日本の戦前の神道(Shintoism)国家にヒントを得た宗教国家なのだ。
日本統治下で育った金日成は、天と結びつき、世襲制の君主制に奉仕するところの国家宗教がいかなるものかを知った。1945年に北朝鮮の権力者の地位に就くと、金日成は、最初のうちはスターリンを真似た個人崇拝カルトをつくったが、次第に儒教の孝・忠観念と金一族全体、とりわけ皇太子たる金正日の神聖視からなる、国家神道を思わせるような国家宗教をつくりあげた。
(4)所見
私は、こんなたぐいの議論をするイギリス人にお目にかかったことはありませんし、こんなたぐいの議論を掲載するイギリスのメディアに遭遇したこともありません。
まこと、米国はできそこないのアングロサクソンである、と思われませんか?
私は、戦前の日本は、普通選挙が導入された1925年から始まって終戦まで、実質的な意味での自由民主主義が機能していたと考えています(コラム#47、48等)し、何ごとによらず欧米、就中英国のマネをしようと思った明治維新政府が、立憲君主たる英国王に倣って天皇を立憲君主へと衣替えさせるとともに、キリスト教に基づくところの、英国王を首長とする英国教会を念頭に置いてひねり出した代物が、神道に基づくところの、天皇を頂点とする国家神道であったのではないかと考えています。
ですから、北朝鮮の体制が戦前の「ファシズム」の日本の系譜をひいているとか、北朝鮮の主体(Juche)思想が国家神道にヒントを得たとか、戦前の天皇に倣って金親子が自分達の神聖化を図ったとか言われても、苦笑するばかりです。そもそも、独裁国家である北朝鮮と立憲国家であった戦前の日本とは似ても似つかない存在である、と言うほかありません。
それにしても、日本の学者の声が余り聞こえてこないのは残念です。