太田述正コラム#1466(2006.10.24)
<民族的多様性のデメリット>
1 始めに
かねてより私は、日本も難民や移民に対する門戸を開放すべきだと主張してきました。
それは、単に今後の少子化による労働力人口の急速な減少に対処するためだけではなく、そもそも私は、多様な人々によって構成される社会の方が活気があって創造力がある、と信じているからです。
もちろん、日本社会の民族構成が多様化することは、犯罪の増加等のデメリットを伴うことも事実です。
この関連で、米ハーバード大学教授のパットナム(Robert Putnam。1941年??)が行った研究の結果には、興味深いものがあります。
2 パットナムの研究
パットナムが、米国各地で社会調査を行ったところ、コミュニティーにおいて、民族的多様性(ethnic diversity)が増せば増すほど、人々の相互信頼(trust)が低下することが判明しました。
これは、隣人、首長、新聞、制度等に対する信頼が低下するということです。
しかも、違う民族に対してのみならず、同じ民族相互間でも信頼が低下するというのです。
そして、信頼が低下したコミュニティーでは、人々は自分の殻に閉じこもってしまい、もっぱら自宅でTVを見て過ごすようになり、社会活動と言えば、抗議デモへの参加くらいになってしまうというのです。
米国で一番人々の信頼が低下しているのが、人類史上、最も民族構成が複雑なロサンゼルスであることも分かりました。
3 この研究をめぐって
実は、パットナムは、このように明らかになった多様性のデメリットをどう克服したらよいのか、また、実際に米国はどう克服してきたのかについても研究を進めた上で、上記研究結果を公刊することにしたところ、彼の研究結果は既に、移民問題に苦しむ欧州諸国や英国に衝撃を与えています。
パットナムは、移民は送り出す国にも受け入れる国にもプラスになっているとして、自分の研究が与えた衝撃をやわらげようと懸命です。
米国が民族間の垣根を乗り越えてきた例として彼が挙げるのは、ユダヤ人の米国への大量移民に伴い、1920年代から喜劇人と言えばユダヤ人というイメージが確立したけれど、今ではウッディ・アレン(Woody Allen)がユダヤ人であることを意識する人はほとんどいなくなった(注1)ことや、ベトナム戦争当時までは米軍内で白人兵士と黒人兵士との軋轢が多発していたけれど、現在では、米国社会一般に比べ、米軍内では白人兵士と黒人兵士ははるかに融和している(注2)ことです。
また、パットナムは、英国は移民との融和を図るため、王室にバングラデシュからお妃を求めるべきだと述べてバッキンガム宮殿の役人達の度肝を抜いて話題になりました。
(以上、
http://www.ft.com/cms/s/c4ac4a74-570f-11db-9110-0000779e2340.html
(10月9日アクセス)、及び、
http://www.ft.com/cms/s/2584c7b6-56ea-11db-9110-0000779e2340.html、
http://www.ft.com/cms/s/0626611e-57fc-11db-be9f-0000779e2340,_i_email=y.html、
http://isteve.blogspot.com/2006/10/robert-d-putnam-solves-all-problems.html
(いずれも10月24日アクセス)による。)
(注1)イギリス人が選んだ世界の喜劇人50名中、米国人は18名で、そのうち、ユダヤ系は8名を占める。もっとも、この8名のうちの1人であるチャップリン(Charlie Chaplin)は、ユダヤ系ではなく、ジプシー系であるという説もある。
(注2)1995年から新兵の採用に当たって知能テストを行っているため、黒人の中の上澄みしか米軍兵士になれなくなった結果、見かけ上融和が進んだだけだ、とも言われている。
4 コメント
パットナムの研究が公刊された時点で、再びこの問題を俎上に載せるつもりですが、その際には、2000年に公刊され、ベストセラーになった彼のこれまでの主著とも言えるBowling Alone: The Collapse and Revival of American Community、を併せ、論じることになるでしょう。