太田述正コラム#1470(2006.10.26)
<菜食主義を考える(その2)>

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3 菜食主義と現代

 このように、近代の菜食主義は、第一に、動物も人間の仲間である、第二に、肉食は人間の体に良くない、第三に、肉食は資源のムダで環境も破壊する、という三つの理由の全部または一部を挙げて、肉食を断たねばならないとする考え方です。
 ただし、(細菌や無脊椎動物のことは忘れるとしても、)田畑を耕して作物を栽培する際にはモグラや野ねずみを殺すことや地上の鳥の巣を壊すことが避けられませんし、そもそも、田畑をつくること自体、様々な動物をその中に含んでいたエコシステムを破壊する行為であることを忘れてはならないでしょう。
 ところで、最近では、肉食は資源の無駄遣いであって環境も破壊する、という論議が特に盛んです。
 現在では、世界の農産物の三分の一から半分が家畜を飼育するために費消されています。
 0.4ヘクタールの耕作地から収穫される穀物で人間20人を養うことができますが、これだけの穀物で肉牛を飼うと、1人の人間しか養うことができません。また、1キロのジャガイモを栽培するためには水は500リットルしか必要ではありませんが、1キロの牛肉を得るためには10万リットルの水が必要です。かつまた、植物性タンパク質を生産する場合に比べて、牛肉の生産には27倍もエネルギーを投じなければなりません(注5)。
 つまり、地球温暖化を防止するためにも菜食に切り替える方がよい、ということです。世界全体で200億にも達する家畜が排泄する糞がメタンを出して、温室効果により地球温暖化を促進している、ということも付け加えておきましょう。

 (注5)ブラジルのアマゾンの密林やセラード(Cerrado=かん木草原地域(サバンナ))は、牧場や農場をつくるためにどんどん減少しているが、農場で栽培されるのは主として大豆であり、その80%は家畜の食糧に充てられている。

 しかし、肉類は一切口にしないという「強度の菜食主義」はいかがなものでしょうか。
 ヒースランド(注6)等の耕作不適の草地に牛や羊を放牧し、穀物使用量をできるだけ抑えてこれらの牛や羊を育て、食用に供することは、環境に優しく、効率的でもあるので、むしろ補助金を投じてでも奨励されてしかるべきでしょう。

 (注6)heathland。中部および北部欧州やブリテン島等に見られる、主にツツジ科の低木が優占する植生の土地(大辞林 第二版)。

 また、野生の動物を間引く形で殺して食用に供することも奨励されてしかるべきでしょう。

4 所見

 以上、スチュアートの言っていることをかいつまんで紹介させていただきました。
 さて、日本は先進国であるにもかかわらず、日本人一人当たりの食肉消費水準は、同じ先進諸国である西欧諸国の二分の一、米国・豪州の三分の一程度であり、日本人には菜食主義的性向があると言えるでしょう。
 そんなことを言うと、魚類と食肉を合計した消費水準では日本は、これら諸国と同一水準にあるではないか、とお叱りを受けそうですが、魚はスチュアート言うところの「野生の動物」と考えてよく、魚を「間引く形で殺して食用に供」している限りは、魚が肉に比べて体にやさしいこともあり、日本人は、「強度の菜食主義者」ならぬ、理想的な「菜食主義者」であると言ってよいのではないでしょうか。
 (以上、データは
http://lin.lin.go.jp/alic/month/dome/1992/jul/tuusin1.htm
(10月26日アクセス)による。)
 日本人の平均寿命が実質世界一であることと、日本人に菜食主義的性向があることとは無関係とは考えられません。
 うすうすこのことに世界の人々、とりわけ先進国の人々が気付いているからこそ、世界で日本食人気が高まっているのでしょう。
 近代菜食主義を生み出しつつも、菜食主義者になりきれない人が多いアングロサクソンと、巧まずして菜食主義的性向のあるわれわれ日本人は、まことによいコンビだと思いませんか。

(完)