太田述正コラム#1473(2006.10.28)
<生来的帝国主義国の米国(その2)>

 (今回は、例外的に、有料コラムの続篇を無料配信することにしました。)

 米国は独立にあたって、母国英国から受け継いだ自由主義的生き様を、イデオロギーに祭り上げた。この結果、英国の自由主義的生き様の保守的側面はそぎ落とされ、単純な自由主義的な進歩主義的史観に米国民は染まったのだ。(私見を織り交ぜた(太田)。)
 こうして米国民は、他国民を、自分達を頂点とする進歩(自由主義化)のレベルのどこに位置しているか、という観点から評価するようになった。
 米第26代大統領のセオドア・ローズベルト(Theodore Roosevelt。1858??1919年)は、「ドイツ人はロシア人より下であり、そのドイツ人は米国人より下だけれど、われわれはみんな同じ道を歩んでいる。ただ、遅いか早いかの違いがあるだけだ」と言ってのけたものだ。
 そこから更に、米国の国益は世界の利益と同値であるという観念が生まれるまではほんの一歩だった。
 そして、そこまでくれば、米国は人類の進化の触媒役を果たす特別、かつユニークな存在であるという観念が生まれるのも当然のことだった。
 ただし、これらはあくまでもイデオロギーないし観念に過ぎず、現実の米国がどうであったかは別問題だ。
 実際、建国から80年間にわたって、米国は世界有数の奴隷制擁護国だった。
 19世紀における、米墨戦争(Mexican-American War。1846??48年)による今日の米南西部とカリフォルニアの獲得を含む米国の領土拡大の大部分は、奴隷制を拡大するための土地を求める奴隷所有者達の手によって成し遂げられたものだ。
 米国のユニークさはそれから起こったことだ。
 米北部によるところの、南北戦争に至る反奴隷制運動は、米国最初の道徳的十字軍だったし、南部の奴隷所有者達の敗北は、米国最初のイデオロギー的征服だった。それに続いたのが米国による最初の占領と民主的再建であり、民主的再建がうやむやのままに終わった点も含め、以後の米国の行動パターンの先例となった。
 この行動パターンがさっそく繰り返されたのが、1898年の米西戦争(Spanish-American War)だった。この戦争こそ、米国史上、最も人気の高い戦争だ。
 米国人を戦争へと駆り立てたのは、人道上の関心だった。スペイン領キューバで独立闘争が起きたとき、スペイン政府はキューバの住民を大量に収容所に収容し、当時のキューバの人口の五分の一にあたる30万人を死に至らしめた。その大部分は女性や子どもや老人だった。米国はその力があるのだから、スペインの圧政からキューバの住民を守る責任がある、というわけだ。
 ところが、米西戦争の結果は、フィリピンのスペインからの掠奪であり、しかもフィリピンの独立を希求する人々を圧殺するという芳しからざる新たな戦争の開始だったし、戦後長年月にもわたった米国によるキューバの占領は、不毛な結果をもたらしてその後遺症に米国人は現在も苦しめられているという始末だ。
 まとめると、南北戦争や米西戦争を通して浮き彫りになる米国の行動パターンは、米国は良い動機を標榜して干渉行動をとることが大好きだが、そこには必ず不純な動機が入り交じっており、そのこともあって、良い動機が必ずしも良い結果をもたらさない、ということの繰り返しである、というものだ。
 米第22・24代大統領のクリーブランド(Stephen Grover Cleveland。米国史上カムバックを果たした唯一の大統領)の国務長官を勤めたグレシャム(Walter Q. Gresham。1832??95年。国務長官は1893??95年)は、米国が太平洋方面に進出し始めたことに対し、「どの国家でも、そしてたとえ強大な国家であっても、利害関係のないことには、例外的にそれが真に必要な場合を除いては、性急に乗り出さないのが得策だ。こんなことを慎むのは、智恵というものだし、世界の人々に対し、力を持っているのに自己抑制ができる民主主義のすばらしさを示すことは、われわれの義務でもある」と警告を発したが、米国人はそんな警告は聞き流して、現在に至っている。
 その結果はご存じのとおりであり、米国は確かに、(前述したように)ドイツのナチズム・日本の帝国主義・ソ連の共産主義を敗北させるという歴史的偉業は成し遂げたものの、無数の失敗を繰り返し、多大の迷惑を世界に与えてきたのだ。

 (4)結論
 以上から明らかなように、米24代大統領のウィルソン(Thomas Woodrow Wilson。1856??1924年)の理想主義的対外政策や、現在の米ブッシュ政権に大きな影響力を持つネオコン(neoconservatism)の民主主義的体制変革対外政策は例外であって、米国の対外政策の主流は孤立主義的リアリズム外交政策である、という社会通念は全く誤りなのだ。
 つまり、米クリントン政権がNATOを率いてコソボに人道的観点から軍事介入を行ったり、米ブッシュ政権がアフガニスタンやイラクで専制的政府を打倒して民主主義的体制変革を追求したのは、少しも目新しいことではないわけだ。

3 コメント

 ご紹介してきたケーガンの本は、2巻構成の本の第1巻であり、第2巻が出てから本来はコメントすべきなのですが、その重要性に鑑み、この段階で取り上げたものです。

(続く)