太田述正コラム#1474(2006.10.28)
<北朝鮮核実験(続x5)>

1 始めに

 韓国は一見対北朝鮮政策の転換をしぶっているように見えますが、必ずしもそうではなさそうです。
 そのあたりをご説明したいと思います。

2 対北朝鮮政策の転換をしぶる韓国?

 ニューヨークタイムズは9月26日付で、「1997年に・・米CIAの政府内外の人物で構成した専門家チームは、北朝鮮は経済の急速な悪化のため崩壊直前で、こうした絶望的な経済的後退が内部の政治的爆発につながるというのが、最も可能性の高い北朝鮮崩壊のシナリオであると予想していた・・しかしこうした予想は、北朝鮮経済が回復したため結果的に外れた。この一因は、韓国や中国といった周辺諸国の持続的な・・支援にある」と報じました(
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/28/20061028000003.html
。10月28日アクセス(以下同じ))。
 韓国は北朝鮮の体制の延命と核開発について、一半の責任があるわけです。
 ところが、北朝鮮が核実験を行った現在、なお韓国のノ・ムヒョン政権は、対北朝鮮政策の転換をしぶっているように見えます。
 何せ、国連安保理決議に基づいて実施した対北朝鮮制裁と言えば、北朝鮮で核兵器開発に携わった人物の韓国訪問を禁止する、という象徴的な措置だけであり、北朝鮮の大資金源となっている、肝腎の開城工業団地と金剛山観光を見直す気配はまだ全くないのですから・・。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2006/10/28/world/asia/28korea.html?pagewanted=print
による。)

3 実は転換しつつある韓国

 (1)始めに
 しかし、このところの一連の北朝鮮のスパイ容疑者の逮捕や、米韓概念的共同作戦計画の改訂は、ノ・ムヒョン政権が対北朝鮮政策を厳しい方向に転換したことを示している、と私は考えています。
 以下、それぞれについて説明しましょう。

 (2)北朝鮮スパイ摘発
 このところ立て続けに、韓国で北朝鮮のスパイ容疑で5人が逮捕されました。
 この中に韓国の唯一の社会主義政党である民主労働党の幹部2人が含まれていたことで、韓国中に衝撃が走っています。この2人は学生運動出身で逮捕歴があるのですが、金大中、ノ・ムヒョン両政権下で名誉回復を果たし、補償金まで受け取っていました。彼らは、与野党のほか、大統領府にも太い人脈を持っていて、国家機密漏洩の容疑がかかっており、活動家出身者が多いノ・ムヒョン政権だけに、政界を巻き込んだスパイ事件に拡大する可能性があるという噂がもっぱらです。
 韓国では、国家保安法違反により立件された件数は、2003年165、04年114、05年64、06年は8月までで37と減少し、起訴件数も03年84、04年38、05年18、06年8月までで12と減少し続けていましたのですが、今度の一連の逮捕は、その数と言い、大物が含まれていたことと言い、ノ・ムヒョン政権が北朝鮮に対して厳しい姿勢に転換したことを示している、と私は見ています。
 (以上、http://www.sankei.co.jp/news/061028/kok000.htm
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/27/20061027000044.html
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/27/20061027000050.html
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/27/20061027000056.html
による。)

 (3)先制攻撃の容認
 もう一つは、米韓概念的共同作戦計画の改訂です。
 ラムズフェルト米国防長官自身の有事対処により柔軟性を求める指示と、ブッシュ政権の先制攻撃政策を受けて、米統合参謀本部は、2003年にグローバル・ストライク(Global Strike)と銘打った概念的作戦計画(CONPLAN =Concept Operation Plan)8022を策定し、米戦略司令部(U.S. Strategic Command)に、攻撃と襲撃(strikes and raids)に係るすべての作戦計画の計画と調整任務を付与しました。
 このCONPLAN8022を踏まえ、同じ年に、米国防省は韓国国防省に対し、朝鮮半島有事に係る共同作戦計画OPLAN5029を策定する話を持ちかけました。
 OPLAN5029は、既存のOPLAN5027(コラム#1459)が北朝鮮からの韓国への武力攻撃に対して韓国軍と米軍が共同して反撃する作戦計画であるところ、それ以外の北朝鮮の不測事態に対処するための共同作戦計画です。
 しかし、韓国側は、米側が作戦統制権を握っている現在、こんな作戦計画を策定すれば、米国による北朝鮮の先制攻撃に韓国軍が加担することになるとして、策定に反対しました。北朝鮮の体制が崩壊して北朝鮮から亡命者や難民が韓国領に押し寄せてきたような場合には、(本来北朝鮮も韓国領なのであるから、)韓国軍は単独で行動する権利がある、というのです。
 そこで、2005年に両者の妥協で、具体的な作戦計画であるOPLAN5029の代わりに、概念的共同作戦計画であるCOPLAN5029が、対象を狭義の北朝鮮の体制崩壊に伴う事態に限定した形で策定されました。
 しかし、北朝鮮の核実験を受け、10月10日に、北朝鮮の体制崩壊に伴う事態に加えて、北朝鮮の大量破壊兵器に係る事態を含む形にCOPLAN5029を改訂することに韓国側は同意したというのです。
(以上、http://blog.washingtonpost.com/earlywarning/2006/10/taking_preemptive_action_again.html
による。)
 「北朝鮮の大量破壊兵器に係る事態」が具体的にいかなる事態を指すのか明らかにはなっていませんが、例えば、テポドン2が、核弾頭が搭載された可能性が高い状況で、(、射程から言って韓国以遠を標的にしたことが明らかではあるけれど、)発射されようとしている場合等が念頭にある、と思われます。
 これは、ノ・ムヒョン政権が、対北朝鮮政策の転換のルビコン河を渡った証拠である、と私は見ているのです。
 恐らく、OPLAN5029も近い将来、策定されることになるでしょう。

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 金正日は、生きたここちがしていないことでしょうね。