太田述正コラム#1477(2006.10.30)
<連合王国・英国・イギリス>

1 始めに

 情報屋台(コラム#1447)に紀真人氏が「産業革命はなぜ連合王国で生じたのか」というコラムを上梓されています。情報屋台サイトが一般公開された暁にはお目を通していただきたいが、「産業革命も(地球における)生命の誕生と同様に偶然の産物である。」という氏の結論には大いに異論があります。
 既に過去の私の関連コラム(コラム#81等)をお読みになっている読者は、私が、いわゆる産業革命がイギリスで生じたのには必然性があると考えていることをご存じでしょう。
 なお、イギリス人は、大昔から、一貫して労働生産性を上げること、つまりは人手をできるだけかけないで農産品や工産品を生産することに血道を上げてきたところ、これまでのイギリスの労働生産性の上昇において、「革命」と言えるような飛躍などなかった、だから私は、イギリスで18世紀から19世紀にかけて起こったことを産業「革命」と呼ぶことは必ずしも適切ではないのではないか、とも思っています。
 いずれこのあたりのことについては、詳述したいと思っています。
 以上は前置きです。
 今回のコラムの目的は、紀氏が、同じコラムの中で、「イギリスは、イングランドから派生した言葉であり、わが国以外では全く通用しない。正確には、UKを訳した連合王国(もしくは英国)を使うべきだと考える。同様の理由で、オランダ(ホラント州に由来)も、ネーデルランドと表記すべきである。」と記されていることに疑問を投げかけることです。

2 国名について他称と自称が異なってもかまわない

 (1)我が国の国名
 我が国について、日本人自身、「ニホン」と呼ぶ人と「ニッポン」と呼ぶ人がいるくらいですから、世界では我が国の呼び方は国によって違います。
 それには二系列あり、マルコ・ポーロが当時の元で「日本国」を発音したもの(ジーパングォ)を写し取ったジパング (Xipangu)  を語源とするという説が有力であるところの、ジャパン(英)、ジャポン(仏)、ヤーパン(独)、ジャッポーネ(伊)、ハポン(西)、イポーニヤ(露)、イープン(タイ)などの系列と、漢字文化の影響の強い地域において、「日本」という漢字をそのまま自国の発音で読んでいるところの、リーベン(支那)、イルボン(朝鮮)、ニャッバーン(ベトナム)などの系列とがあります。
 日本政府は、我が国をニッポン(Nippon)と呼んでいるようですが、諸外国にそう呼んでくれと言ってもせんないことです。
 (以上、事実関係は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC、及び、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B0
(どちらも10月30日アクセス。以下同じ)による。)
 ここで、我が国の場合は、語源は皆、「日本国」ないし「日本」であって、その読み方が国によって違うだけだが、イギリスないしイングランドは英国の一部だし、オランダはネーデルランドの一部なので、同じ次元では論じられない、という反論が予想されますね。
 それでは、一つずつ片付けて行きましょう。
 
 (2)ネーデルランドとオランダ
 この国の正式国号は、Koninkrijk der Nederlandenで、通称はNederlandであり、Hollandは俗称です。
 「オランダ(和蘭ないし阿蘭陀)」というのは、この国をポルトガル人はOlanda(Hollandのポルトガル語訛り)と呼んでいるところ、この呼び方がポルトガル人宣教師によって16世紀に日本に持ち込まれて日本に定着したものです(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80)。
 英国人も、この国を、Hollandと俗称しています。
 例えば、本日たまたま読んだ書評にもHollandが登場しています(
http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,1934043,00.html)。
 ポルトガル人や英国人はかまわないのに、日本人にだけ「オランダ」という呼称を使うな、という議論はナンセンスでしょう。

 (3)イギリスと英国
 この国の正式国号は、The United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandで、通称はUnited Kingdomであり、略称はUKです。
 この国を、幕末に江戸幕府は、最初、猊利太尼亜(ぶりたにあ)、または諳尼利亜(あんぐりあ)と呼称しましたが、その後イングランドを表すオランダ語のEngelsch(エンゲルス)またはポルトガル語のIngles(イングレス)が訛った「エゲレス」または「イギリス」という読みと「英吉利」という当て字が用いられるようになったとされています。
 日本の外務省も、この国の在日大使館も、「イギリス(英吉利)」に由来する「英国」を日本語によるこの国の通称として用いています。
 (以上、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9
による。)
 では、どうして、この国の一部に過ぎない「イングランド(England)」に由来する呼称が、日本でこの国全体の通称になったのでしょうか。
 これは私見ですが、最初に日本を訪れたイングランド人のウィリアム・アダムス(William Adams=三浦按針。1564??1620年)の国を、同僚のオランダ人のヤン・ヨーステン(Jan Joosten van Loodensteijn。1556???1623年)達や、プロテスタントであるこの二人等の処刑を幕府に執拗に要求したポルトガル人のカトリック神父達(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E6%8C%89%E9%87%9D
)が、それぞれ「エンゲルス」、「イングレス」と呼んでいたことが、代々、幕府の通詞の間で受け継がれていて、それが幕末において復活したのではないか、と思うのです。
 17世紀当時にはまだイングランドはスコットランドと合併しておらず、従ってGreat Britainも、いわんやUnited Kingdom も存在していなかった以上、(ウェールズや植民地であったアイルランドのことは捨象しますが、)当時のオランダ人やポルトガル人は、アダムスの国をイングランドに由来するそれぞれの自国語で呼んでいたに相違ないのです。 以上から、紀氏の言う、「イギリスは、イングランドから派生した言葉であり、わが国以外では全く通用しない。正確には、UKを訳した連合王国(もしくは英国)を使うべきだと考える。」のうち、「イギリスは、イングランドから派生した言葉であり」までは正しいのですが、それ以降の部分は必ずしも正しくないことがお分かりいただけたと思います。
 そもそも、日本人が特定の外国をどのように呼ぼうと、それが侮辱的な意味合いさえなければ自由である上、この国の政府(在日本大使館)までも「イギリス(英吉利)」由来の「英国」という略称を用いていることから、「英国」と「イギリス」という言葉を、それぞれThe United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandの略称及び俗称として用いることに何の問題もないのです。

3 最後に

 とはいえ、ハンロン(Yuno Hanlon)なる人物が言っている(
http://www.jekai.org/entries/aa/00/np/aa00np66.htm
)ように、「イギリス」=イングランド(England)と認識して、「英国」とは使い分けた方がすっきりすると思います。
 お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、私は、このコラムで、「イギリス」は’England’、「英国」は’The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland’をそれぞれ指す言葉として使ってきました。お間違いないようお願いします。