太田述正コラム#1478(2006.10.31)
<幸福の経済学(その1)>
1 始めに
統計数理研究所が1953年から5年ごとに実施している「日本人の国民性調査」の最新のものは、2003年に実施された第11回調査ですが、それによると、「心の豊かさ」の面で日本の現状を「良い」と感じている人は25%、「生活水準」の面でも「良い」は50%にとどまり、ともに過去最低でした。
日本経済が長い停滞のトンネルをくぐり抜けてからそれほど日が経っていない頃の調査であるとはいえ、1953年に比べれば、経済的には飛躍的に豊かになったはずなのに、日本人の幸福度は増えるどころか、むしろ減っていることになります。
なお、この調査によれば、「あなたにとって一番大切なものは何か」との問いに45%が「家族」と答え、この設問で調査を始めた45年前の12%から4倍近くに増えており、ますます薄れる人間関係の中で、唯一の頼りが家族なのではないかと分析されています。また、「男と女ではどちらの方が楽しみが多いと思うか」との設問には42%が「女」、38%が「男」と回答し、初めて女が男を上回りました。
(以上、
http://www.sankei.co.jp/news/040429/sha009.htm
(2004年4月29日アクセス)による。)
人間にとって幸福とは何か、を考えさせられる調査結果ですね。
最近、米英で、幸福とは何かを科学的に研究する幸福の経済学が盛んになってきました。
そこで、本シリーズで、幸福の経済学(Happiness economics)の軌跡と現在の到達点をごくかいつまんでご紹介することにしました。
2 幸福の経済学の軌跡
1970年代に幸福の経済学なるものを初めて唱えたのは、現在米南カリフォルニア大学教授のイースターリン(Richard Easterlin。80歳)でした。
彼は、「カネは必ずしも人をより幸福にはしない」と指摘して、経済学者の大部分の顰蹙を買いました。
しかし、イースターリンの指摘に関心を示した少数の経済学者は、それでは、一体何が人をより幸福にするのか、健康か結婚かセックスか、といった研究を始めます。
初期の頃の成果として、配偶者とのセックスの頻度が月1回から週1回に増えることは、年間収入が5万米ドル増加する幸福度に等しい、というのがあります。
その後、幸福の経済学の研究者達の中から、政府は、経済成長よりも国民を幸福にするところの、医療制度の改善・雇用の安定・犯罪の減少、などの施策により重点を置くべきである、という提言を行う人々が出てきました。
やがて、幸福の経済学の成果を踏まえ、英国政府は、国民幸福度指数をつくる試みを始めました。また、仏教国のブータンの政府は、国民幸福度指数の導入を決めたところです。
(以上、
http://www.latimes.com/news/local/la-me-happy3jul03,0,6252549,print.story?coll=la-home-headlines
(7月4日アクセス)による。)
英国の第一野党の保守党のキャメロン(David Cameron。1966年??)党首は、つい最近、経済成長より、幸福度(happiness、ないしgeneral well being)の方をより重視すべきだと述べました(http://www2.warwick.ac.uk/newsandevents/audio/?podcastItem=happiness.mp3
。10月31日アクセス)が、幸福の経済学は、今や保守党の党是となった観があります。
既に現政府・労働党は幸福の経済学を重視しているのですから、これは、保守党が労働党から政権を奪還した暁には、幸福の経済学は、英国の国是となる可能性が出てきた、と言えるのかもしれません。
(続く)