太田述正コラム#1498(2006.11.10)
<米中間選挙で民主党大勝利(続々)>

 (コラム#1496で、「マクロ的には、米国社会の二極分化・・という基調は変わっておらず、キリスト教原理主義者からなる共和党支持層のコア部分と世俗主義者からなる民主党支持層のコアの部分、以外の中間層ないし浮動層がブッシュのイラク政策に嫌気が差して<今回の中間選挙で>一斉に民主党候補に投票した」と申し上げた典拠として
http://www.nytimes.com/2006/11/09/us/politics/09relig.html?_r=1&oref=slogin&ref=politics&pagewanted=print
(11月10日アクセス)を挙げておきます。)

1 ブッシュ父子劇の急展開

 ブッシュ現大統領は、対イラク戦が「勝利」に終わったと思われていて得意満面だった当時、対イラク戦の前にお父さん(ブッシュ父元大統領)に相談しましたかと聞かれ、「彼は話をする相手としては必ずしも適切でない。より高いところにおられるお父さん(=神)にこそ話をすべきだ」と答えたことがあります。
 しかし、そう腐(くさ)されたブッシュ父は、これまで息子が困っているといつも助け船を出してきました。
 2000年の大統領選では、ブッシュの総得票数が対立候補の民主党のゴアの総得票数を下回ったにもかかわらず、選挙人の数で上回ったブッシュが勝利を収めたわけですが、選挙直後、ブッシュ父の意向を受け、ブッシュ父政権当時国務長官であったベーカー(James Baker)が、接戦となったフロリダ州での票の再集計をめぐる法律論争をブッシュ候補側に立って取り仕切り、ブッシュの勝利を勝ち取りました。
 またその後、イラクが泥沼化した頃から、ブッシュ現大統領は、自分が選んだ、ウォルフォヴィッツ(Paul Wolfowitz。国防副長官→世銀総裁)等のネオコン(neo-conservative)の高官達を、次第にリアリスト(foreign policy realistないしforeign policy pragmatist)たるところのお父さんの昔の部下達で入れ換えてきました。
 そして、イラクの泥沼化状況が3年半経っても一向に改善せず、ブッシュ現大統領が支持率の低迷にあえぎ、ついには中間選挙で与党共和党の敗北が必至となった時点で、もともとラムズフェルトの国防長官就任に反対であったブッシュ父は、ベーカーを介して、ラムズフェルトを更迭して後任に自分の子飼いのゲーツ(Robert Gates)を据えることを促したと報じられています。
 そのゲーツは、ベーカーらが率いるイラク政策再検討委員会(Iraq Study Group)のメンバーでもあるわけですから、今や放蕩息子であったブッシュ現大統領が改心して全面的にブッシュ父の軍門に下ったという趣があります。
さっそく、これはエディプス的Uターン(An Oedipal U-turn)であるとかシェークスピア的大逆転(Shakespearean backdrop)であるとか揶揄されていますが、どちらも言い得て妙ですね。
 
2 その結果どうなるのか

 ゲーツは、ライス国務長官(Condoleezza Rice)と、ブッシュ父大統領の時に、同じソ連・ロシア問題専門家としてホワイトハウスで共に勤務した間柄であり、ラムズフェルトが去った後、二人が力を合わせれば、ブッシュ現政権で残された唯一の、しかし最強力なネオコンであるチェイニー(Dick Cheney)副大統領に対抗できるようになるのではないか、と評されています。
 ゲーツは、イラク政策再検討委員会が来年1月に予定している答申を忠実に実行に移すだろう、いや既に方向性が出ている同委員会における審議状況を踏まえ、ゲーツは腹案を持って国防長官就任を引き受けたのではないか、という噂がもっぱらです。
 実は答申案の骨子なるものが先月リークされ、米軍のイラクからの段階的撤退とシリアやイランとの話し合いが謳われていると報じられています。
 イランとの話し合いの重視というのは、かねてからのゲーツの持論であり、カーター大統領の安全保障担当補佐官であったブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)と共同執筆した2004年のフォーリンアフェアーズ論文において、イランが核能力を保有する前に米国はイランと包括的な協議を行うべきだと主張したところです。
 イラクからの撤退やイラン等との協議は、これまでのブッシュ政権の、イラクに係る既定方針維持(stay the course)・イランやシリアの敵視、という政策と真っ向から対立する政策ですが、実際にこのような答申が出たら、具体的な成案を持ち合わしているわけではない民主党はそれに飛びつくだろうと考えられています。
 それでもなお、鍵を握っているのはやはりブッシュ現大統領その人です。
 大統領には外交・軍事に関し、憲法上、絶対的とも言える権限が与えられているからです。
 イラクに関し、戦術は変えても戦略は変えないと言い続けてきたブッシュ現大統領が、仮にチェイニー副大統領と袂を分かち、ゲーツらの進言を受け入れ、答申に沿って戦略(政策)転換するとなると、それは必然的に、イランの核施設を破壊するための武力行使を辞さないとしてきた政策の放棄にもつながることから、イスラエルは単独で、イラン核問題に対処しなければならなくなります。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/midterms2006/story/0,,1944303,00.html、及び
http://www.guardian.co.uk/midterms2006/story/0,,1944466,00.htmlによる。)
 その場合に、米国の対北朝鮮政策はどうなるのかが注目されます。
 私は現在のところ、変化はなかろうと見ているのですが・・。