太田述正コラム#1517(2006.11.19)
<殺しのライセンス>
1 始めに
「英対外情報部(MI6)のスパイの活躍を描く映画007シリーズ「カジノ・ロワイヤル」のプレミア試写会が行われたばかりの英国で、本物のMI6要員2人が15日、ラジオ番組で「スパイの現実は映画と全く懸け離れている」と暴露した。・・出演したのはMI6所属の男女。現役スパイが公の場で話すのは初めてという。2人は、映画のジェームズ・ボンドが次から次へと敵を殺すが、「実際のスパイは殺人を許可されていない」と主張。さらに、危険なことばかりで、魅力的なことはないと打ち明けた。・・ただし、しばしば映画の中でスパイの「七つ道具」をボンドに手渡しているような「発明チーム」は実在するという。ロンドンで14日に行われた試写会は、ボンド役の俳優ダニエル・クレイグさんのほかエリザベス女王も姿を見せ、盛大に行われた。」
という16日付の時事通信配信記事(
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061116-00000015-jij-int
11月19日アクセス)を読まれた方もおられることと思います。
これは、ロンドン発の記事で、ソースは「ラジオ番組」だとしていますが、このMI6要員が本物かどうか分かったものではありませんし、彼らが話したことも眉唾物です。
こんな話を真に受けて、そのまま配信する日本の通信社にも困ったものです。
2 殺しのライセンスは本当のこと
米エール大学ロースクール学生のシュボウ(Justin Shbow)が、米スレート誌にMI6の「殺しのライセンス」について寄稿している(
http://www.slate.com/id/2153760/
。11月17日アクセス)ので、その要旨をご紹介しましょう。
1994年までは、英国外で活動するMI6(及びその前身。以下同じ)要員に対し、英国内法がそのまま適用される建前だった。
しかし、実際には殺しのライセンスが与えられていた。
MI6要員で人を殺したとか、殺人の嫌疑をかけられた者は一人もいないが、MI16は、第二次世界大戦中や冷戦初期には何件か暗殺を行ったと考えられている。
もっとも、MI6要員より、英軍の特殊作戦部隊や英国政府から依頼を受けた外国の機関が行った暗殺の方がはるかに多い。
1960年代には、MI6は暗殺を禁じた。(特殊作戦部隊だけで十分だと考えられたからだと思われる(太田)。)
ところが、1994年に諜報機関法(intelligence Services Act of 1994)が制定され、MI6の存在が公にされるとともに、議会によるMI6監視システムが導入された際、この法律の第7節で、所管の国務大臣は、海外で活動するMI6要員が英国内法で責任を問われない行為を行うことを承認することができることとされた。
この英国内法には、殺人に係るあらゆる刑事法が含まれると考えられる。
この第7節には、制約条件が二つだけ規定されている。
「諜報機関の正当な業務遂行のために必要であること」と、「妥当な結果が招来されることが予想されること」だ。
なお、上記承認の効力は6ヶ月でなくなる、と規定されている。
当然のことながら、この法律があるからといって、MI6要員は、その活動する外国の法律の適用を免れられるわけではない。
3 感想
諜報機関は、殺人を含め、国内法では違法な行為を海外で行うことが認められないようでは諜報機関とは言えません。
それだけに、海外で活動する諜報要員には高い倫理観と判断能力が求められます。
日本にはこのような意味での諜報機関がないこと、そして、仮に諜報機関をつくったとしても、果たして資質の高い日本人の要員を確保できるのか、等を考えると暗澹たる気持ちになります。