太田述正コラム#1529(2006.11.25)
<殺しのライセンス(続々)>(有料→2007.4.13公開))
(本扁は、コラム#1518の続きです。)
1 リトヴィネンコの死とその死因
アレクサンドル・リトヴィネンコがロンドン市内の病院で死亡し、英健康保護庁(HPA)は24日、死因として、放射性物質のポロニウム210(polonium-210)を飲んだ可能性が高いとの見解を明らかにしました。
当初はタリウムが疑われ、次いで放射性タリウムが疑われ、ついにポロニウム210と判明したわけです。
このポロニウム210は、リトヴィネンコが11月1日にKGB時代の同僚他1人のロシア人と会ったグローヴナースクエアのホテル(アパートと前回記したのは誤り)、イタリア人の博士と会った(注)ピカデリーの寿司バー、そして北ロンドンのリトヴィネンコの自宅でも検知されました。
(注)このイタリア人は、彼の所に送られてきたところの、ロシアの諜報関係者が彼とリトヴィネンコの命をねらっているというメールをリトヴィネンコに見せに来たという。
これら三人の人物は、異口同音に自分達はリトヴィネンコの死とは無関係だと言っています。
ポロニウム210とはいかなる物質で、犯人はやはりロシア当局なのでしょうか。
そのあたりをさぐってみました。
2 ポロニウム210について
ポロニウム210は、かつてラジウム(radium)Fと呼ばれた物質であって、1898年にピエールとマリーのキュリー(Pierre & Marie Curie)夫妻によって発見され、マリーの古里のポーランドにちなんでポロニウムと名付けられたものです。
ポロニウム210は、その発するアルファ線があたった物を発熱させるので、静電気除去や宇宙船や(旧ソ連の)月面探査機の発熱・発電に用いられます。
この物質は、タバコの中やウラン鉱床の中にも微量存在しますが、人を殺せるくらいの量を生産するためには、粒子加速器か原子炉を用いてビスマス(bismuth)か鉛(lead)に中性子をぶつける方法をとらなければならず、多大なコストがかかります。毎年世界で100グラム程度しか生産されていないと考えられています。
ポロニウム210はアルファ線を放出しますが、アルファ線は紙や皮膚を透過できず、飲むか吸うか注射するか傷口から入るかしない限りは体内に取り込まれません。
しかし、体内に取り込まれれば、青酸カリの2億5,000万倍も毒性があり、ホコリ一粒より小さい程度でも致死量に達し、特効薬はありません。
人を殺そうと思ったら、瓶に入れるなり封筒に入れるなりして容易に持ち運びできますが、ねらった相手に飲ませたり吸わせたりする際、自分が飲んだり吸ったりしないようにするのが大変です。
また、ポロニウム210の放出するアルファ線はガイガー・カウンター(geiger counter)のような、通常の放射線検知器では検知することができないので、ポロニウム210は国を越えてこっそり民航機で運ぶことができます。
ポロニウム210はこれまで殺人の手段として用いられたことはなく、そのような用途に用いられうると記した論文も、1994年にロシア語で書かれたものしかない、といいます。
3 犯人は誰だ
(1)ロシア政府
リトヴィネンコは、死の二日前に、死を自覚しつつ、プーチン大統領を名指しで下手人扱いする手記を残しました。
ポロニウム210が簡単に手にはいるような代物ではないこと、取り扱いが容易ではないことからすれば、この説は有力です。
その場合、KGBの後継は英MI5や米FBIに相当するFSBと英MI6や米CIAに相当するSVRですから、SVRが疑われることになります。
もっとも、リトヴィネンコのような小物を、ロシア・英国関係を危険にさらしてまで殺すだろうかという疑問が投げかけられています。
いずれにせよ、プーチン大統領は知らなかったのではないか、と言われています。
(2)チェチェン共和国当局
リトヴィネンコは最近、ジャーナリストのポリトコフスカヤ(Anna Politkovskaya)の暗殺の下手人捜しをしていたところ、ポリトコフスカヤの下手人は、ロシア政府の傀儡たるチェチェン共和国当局であるという説も有力であり、仮にそうだとすると、リトヴィネンコ殺しも同じである可能性が出てきます。
(3)リトヴィネンコ自身
プーチン大統領を窮地に陥れるために、リトヴィネンコが進んで、あるいはリトヴィネンコに近い人物にはめられてポロニウム210を服用した、という説もあります。
リトヴィネンコ自身は、恐らく、死ぬとは思っていなかったのではないか、というのです。
(4)元KGB工作員
リトヴィネンコのこれまでの行動に反感を持つ元KGB工作員がやったのではないか、というものです。
(以上、http://www.sankei.co.jp/news/061125/kok000.htm、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6180682.stm、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6180432.stm、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/6181688.stm、
http://www.nytimes.com/2006/11/24/world/europe/24cnd-isotope.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print、
http://www.ft.com/cms/s/ca86ff68-7bf7-11db-b1c6-0000779e2340.html、
http://www.cnn.com/2006/WORLD/europe/11/24/uk.spypoisoned/index.html、
http://www.cnn.com/2006/WORLD/europe/11/24/uk.spy.polonium.ap/index.html、
http://www.guardian.co.uk/russia/article/0,,1956802,00.html、
http://www.guardian.co.uk/russia/article/0,,1956680,00.html
(いずれも11月25日アクセス)による。)