太田述正コラム#1542(2006.12.2)
<米英の特殊な関係の形骸化?>

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1 始めに

 米英の密接な特殊関係(special relationship)について、私はかつて(コラム#138、139で)とり上げたところです。
 その関係がブッシュ政権になってからさざ波が立っていると申し上げたことも(コラム#1162で)あります。
 しかし、つい先だって、特殊関係の実態について、米側から率直な発言が飛び出したことを契機に、英ガーディアンが自嘲的な記事(http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,1960874,00.html
(12月1日アクセス)、及び
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,1961464,00.html
(12月2日アクセス))を2日にわたって掲載しました。
 その概要をご紹介し、私のコメントを付したいと思います。

2 二つの記事の概要

 米国務省調査情報局上級分析官のマイヤーズ(Kendall Myers)は、近年の英国による米国の政策に影響を与えようとする試みは、「無視され、何の考慮も払われていない」のであって、ブレア首相はせっかくイラク政策で米ブッシュ大統領を支持したというのに、何の政治的「見返り」も受け取っておらず、これには「いささか恥ずかしい思いがする」が、そもそも米英の特殊関係など60年前当時からもともと神話なのであって、ブレアどころか、「チャーチルからして、既に米国の愛玩犬(poodle)だったのだ(注1)」とあるワシントンでの会合の席上言ってのけた。

 (注1)米英の特殊関係という言葉は、1946年にチャーチルが米国で行った、有名な鉄のカーテン演説の中で初めて登場した。

 これぞ、米国のホンネだろう。
 思い出しても見よ。
 そもそも、米国が対イラク戦に乗り出す際、英国内で英軍の派兵に反対する声が高まったところ、時の米国防長官のラムズフェルトは、英国の協力は必ずしも必要ない、と宣ったものだ。にもかかわらず、ブレアは英軍を派兵したのだから、見返りがゼロなのは当然なのかもしれない(注2)。

 (注2)今や、英国人の63%が、ブレアは米国と協調し過ぎていると考えており、世界平和にとってブッシュは金正日やアフマディネジャドより大きな脅威であると考える英国人が69%もいる。

 パレスティナ問題でも、ブッシュは、もっと積極的に和平に関与して欲しいとブレアが言い続けていることを無視しているし、地球温暖化問題でも馬耳東風だ。
 それでも、米英の特殊関係は放っておいてもある程度は続くことだろう。
 両国は歴史・文化・言語を共有しているだけでなく、軍事と諜報面での強固な協力関係にあるからだ。
 軍事面では、英国は米国の最大の浮沈空母だと言われており、米国は英国に核兵器を貯蔵し、自分のためのミサイル防衛システムを設置し、一方英国は米国から核兵器を提供してもらっている。諜報面では、(たとえ米国の協力がなくても、英国の諜報力は欧州のいかなる国にも引けをとらないだろうが、)両国の密接な協力によって、英国は大いに、そして米国もそれなりに裨益している。
 しかし、何と言っても、英国の相対的国力の衰退が、米英の特殊関係の米国から見た意義を減衰させつつある。
 つい最近、英国は世界第4位の経済大国の座を中共に明け渡したし、インドからも激しく追い上げられている。米国としては、中共やインドにより目配りをしなければならないわけだ。

  そこで、元駐米英国大使のブレイスウェイト(Sir Rodric Braithwaite)のように、英国の方から積極的に米英の特殊関係の解消を図るべきだと主張する人も出てきている。
 大英帝国の幻影とか、臆病な欧州諸国と自分達は違うといった観念は捨てて、米国の威を借りてまで身の丈を超えた対外政策を追求するするのはもう止めるべきだというのだ。 ロンドンの学者にして著述家のプレッシュ(Dan Plesch)も同様の主張をしている。
 彼は、英国の現在の核戦力は、米国に首根っこを押さえられていると指摘する。
プレッシュの見解は、「(原子力潜水艦に搭載されている)核弾道弾自体、米国から貸与されているものであり、米本国で行われるメンテナンスと米国製のソフトウェアに依存している。確かに、そのおかげで、自前で核戦力を持つのに比べて、トータルコストは十分の一で済んでいるが、実際にこの核戦力を使おうとした時、事実上米国の許しがなければ使えない、というのが実情だ。よって、英国は米国と袂を分かってフランスと核協力をする道を選ぶか、核を放棄すきだ」、というものだ。

 どうやらこのままだと、米英の特殊関係は自然に立ち枯れて行くか、英国側から積極的に解消されるか、ということのようだ。
 そうなっても、国連文書を起草する能力において、英国の外交官は米国の外交官に対し、数段上回っていることから、この面での米英協力だけは、今後とも長く続きそうだが・・。

3 感想

 最近の、米ドルの世界の通貨に対する切り下げの急速な進展や、イラクで立ち往生している米国を見ていると、いよいよ単一超大国米国の凋落が顕在化した感があります。
 そこへもってきて、もともと神話の部分があったとはいえ、米英の特殊関係まで立ち枯れないし解消に向かっているとすると、世界の平和と安定を維持する主体がなくなりかねません。
 私は、米英に日本が一枚加わった米英日特殊関係を構築し、この中枢グループが、NATOのグローバル化を実現するほかないと思っています。
 そのためにも、日本の米国からの自立が強く望まれるのです。