太田述正コラム#12652(2022.3.26)
<2022.2.26東京オフ会次第>

1 始めに

 今回は、私が、充電し忘れていたため、ビデオカメラが私の「講演」の終り辺りで撮影を停止してしまったので、停止個所から撮り直しを行い、まだ、カバーしきれていなかったので、更に追加撮影を行う、というトラブルこそあったが、「講演」後の議論がいつもに増して活発であり、有意義なオフ会だった。

2 質疑応答(Oは私。順不同。私以外は、アルファベットが特定を人を指すわけではない。)

A:太田さんは、日本の歴史は、史料を読んでいるだけでは解明できないとかねてから指摘しているわけだが、伊波普猷(いはふゆう。1876~1947年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%B3%A2%E6%99%AE%E7%8C%B7
は、「明・清の代り目に当って支那に使した沖縄の使節の如き、清帝と明帝とに奉る二通りの上表文を持参して行ったとの事である。普段でも支那に行く沖縄の使節は琉球国王の印を捺した白紙を用意していて、いざ鎌倉という時にどちらにも融通のきくようにしたとの事である。この印を捺した白紙の事を「空道(こうだう)」といい伝えている。これをきいてある人は君はどこからそういう史料を探してきたか、何か記録にでも書いてあるのかと揚足を取るかも知れぬ。しかし記録に載せるのも物にこそよれ、沖縄人如何に愚なりといえども、こういう一国の運命にも関するような政治上の秘密を記録などに遺しておくような事はしない。これは古来琉球政府の記録や上表文などを書いていた久米村人間で秘密に話されていた事である。私は同じ事を知花朝章(ちばなちょうしょう)氏から聞いたことがある。とにかく、昔の沖縄の立場としてはこういう事はありそうな事である。」と書いている。(沖縄新聞1909(明治42)年2月21日より)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000232/files/60236_73043.html
O:確かにその通りであり、重要でかつ絶対に漏れてはならない政治的方針等は、日本(本土)でも文書にしなかったはずだ。
 そもそも、日本には、口伝、家伝、の伝統があるのだし・・。
B:あの亀田俊和などは、文書の典拠なしの史論は妄想に過ぎない、と言っていたと思う。
C:現在のロシアの対ウクライナ戦争でウクライナは本当に勝てるのか。
O:まず、ロシア軍、ロシア兵についてだが、国土面積が世界一で人口が1億4,000万人でもGDPが韓国並みってことは、ウクライナ指向可能国力及び一人当たり生産性が発展途上国並みだということであって、ほぼ必然的に、ウクライナ指向可能ロシア軍、ロシア兵もその程度の代物だと思えばよい。
 ソ連時代のロシアだって、せいぜい発展途上国プラスαくらいだったから、ナチスドイツ指向可能ソ連軍、ソ連兵もさほど強くはなかったと言ってよかろう。
 そんなソ連が、ソ連指向可能ナチスドイツ軍に勝てたのはどうしてか。
 米国がソ連に無尽蔵に軍事援助を行ったからだ。
 さて、現在、ウクライナ軍、同軍兵士の強さとウクライナ指向可能ロシア軍、同軍兵士の強さ、の差は、当時のナチスドイツ指向可能ソ連軍・同軍兵士の強さとソ連指向可能ナチスドイツ軍・同軍兵士の強さ、の差と似たようなものだろう。
 そのウクライナに米国が無尽蔵に軍事援助を行っている。
 だから、どちらが勝つかは明白だろう。
C:ソ連時代のロシアが現在のロシアよりは輝いて見えるのはどうしてか。
O:普遍性を装ったところのスターリン主義を掲げていたからだ。
 ロシア人ならぬグルジア人のスターリンを頭目に立てたところなんざ、よーやるよ、と言いたくなる。
 だから、世界の広範な選良達が、目を晦まされてロシア内外でソ連に協力した。
 ソ連時代に軍事転用可能な科学技術が結構発展したこと一つとってもそのおかげだ。
 ちなみに、私が、どうして、マルクス主義やマルクスレーニン主義ではなくスターリン主義と呼ぶかだが、かねてから言っているように、私は、マルクスを、(本人は気付かずして、)世界で初めて、原始共産主義社会、つまりは私見では日本社会(・・正しくは、プロト日本文明社会・・)、を礼賛した、と受け止めているからだ。
 同じように、毛沢東も受け止め、中国共産党に参加した、とも。
C:(マルクスもユダヤ人だったが、)国際的に活躍してきているユダヤ人がソ連時代に知識人の大きな比率を占めていた
< https://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/slavic-studies/50/nagao.pdf >
ことが想起される。
O:私が結構ユダヤ人に詳しいのは、(全て、過去コラムで書いた話だが、)カイロに行ってから定着したところの、小学校の同級生にユダヤ人少女がいて彼女とクラスで成績1位を巡って競争し、マンションではオーナーがユダヤ人でこの大家一家がこのマンションの同じフロアの向かいに住んでいて交流があった、からだ。