太田述正コラム#1620(2007.1.16)
<ブッシュの新イラク戦略(特別編)(その2)>(2007.2.15公開)
(コラム#1619での長い引用の少し前の一文を、「しかも、どの国においても、一旦科学的思考の何たるかを知れば、後はカネさえあればある程度科学は発展して行くものであるらしいのです。」と改めます。)
ラムズフェルトらとシンセキとの対立は、まず、クルセーダー(Crusader)の導入をめぐって顕在化しました。
クルセーダーとはパラディン(Paladin)の後継の155ミリ自走榴弾砲(155mm – Self Propelled Howitzer)のことです。
パラディンはブラッドレーやエイブラムスよりも速度が遅いという問題がありました。
そこで、速度を速めるとともに、乗員が少なくてもすむようにし、射撃開始までの時間を短縮するとともに射撃間隔も減じたクルセーダーが開発されたのです。そのガスタービンエンジンはエイブラムス戦車に搭載されているものと同じです。
しかし、クルセーダーはブラッドレーやエイブラムスと同類の装備であり、60トンと重く、同じくらい大きい随伴車に燃料等の補給品を載せて運ばなければなりませんでした。クルセーダー・システムの経費が嵩むことも必至でした。
そこでシンセキは、クルセーダーの重量を半分近くまでに減らし、随伴者と一緒にC-5やC-17輸送機に搭載できるようにしました。
その上でシンセキは、ラムズフェルトらへの抵抗を続けたのですが、2002年、ついにクルセーダーの導入を断念するに至ります。
(以上、ニューヨーカー前掲及び
http://www.army-technology.com/projects/crusader/
1月13日アクセスによる。)
シンセキが再度注目を浴びたのは、2003年、対イラク戦が起きる直前に米上院軍事委員会で、「イラク侵攻作戦が終わってからイラクを平定するためには数十万人の兵員が必要だ(注2)。イラクの面積はかなり大きく、様々な問題を引き起こしかねない民族的対立を抱えている。だから、安全な環境を確保し維持し、人々に食糧を与え、水を供給する等、かかる状況の所を管理するために要求される通常の責任を履行するためには相当大きな地上兵力を必要とする。」と証言したのに対し、ラムズフェルトとウォルフォヴィッツが「全く的はずれだ」と異論を唱えた時でした。
(注2)シンセキは、500万人というイラクの五分の一の人口のボスニアを平定するために米軍は50,000人の兵員を送り込んだというボスニア紛争後の自分自身の体験を踏まえ、腰だめでこの証言を行ったという。ちなみに、イラクに送り込まれた米軍の兵員数は2005年12月に160,000人強に達した後減少し、現在では132,000人となっている。
その後米国がイラクで苦況に陥ると、ブッシュ政権は、イラクに十分な兵員を送り込まなかったと批判されるようになりますが、その際、このシンセキ証言は、ことあるごとに引用されるようになります。
2006年11月、アビゼイド中央軍司令官が議会証言で、シンセキ将軍は正しかった、と言明した上、ブッシュ大統領自身が、このたびのイラク新戦略で兵力増を打ち出したのですから、いまやシンセキの前にブッシュ政権が兜を脱いだ形です。
そのシンセキは、2003年6月に陸軍参謀長を退いて退職して以来、一切の公的発言を控えています。
私の兵士達がイラクで傷つき死んで行っている時に批判めいたことは言いたくない、あるいは、最高司令官たる大統領に対する批判は慎むべきだ、というのが親しい人々に明かしている彼の心境です。
ところで、シンセキは退職の際の演説で、「10個師団の陸軍で12個師団の戦略を遂行してはならない」という警告を発したのですが、このたびのイラク新戦略発表の際、ブッシュ大統領が、米国が21世紀において必要とする軍事力を持つために陸軍と海兵隊の現役兵力を増加する、と述べたことで、ここでもシンセキの主張の正しさが証明されたと言えるでしょう。
(以上、
http://www.nytimes.com/2007/01/12/washington/12shinseki.html?ref=world&pagewanted=print
(1月13日アクセス)による。
私には、シンセキは、武士道を体現した、かつての日本人以上に日本人らしい武人に思えるのですが、皆さんはどう思われましたか。
3 ペトラユース米陸軍中将
(1)始めに
ペトラユース米陸軍中将も、知れば知るほど魅力を感じる人物です。
米軍の人材の豊富さには羨望の念を禁じ得ません。
(続く)