太田述正コラム#12788(2022.6.2)
<鈴木荘一『陸軍の横暴と闘った西園寺公望の失意』を読む(その21)>(2022.8.25公開))
「・・・政友会総裁犬養毅首相が海軍青年将校・・・らに射殺され犬養内閣が総辞職したとき、「憲政の常道」によれば、後継首相は政友会から出すことになる。
そこで世間では、・・・政友会総裁鈴木喜三郎<(注29)>(犬養毅死去後、5月20日に総裁就任)に大命降下するだろう・・・と考え<ら>ていた。・・・
(注29)1867~1940年。「武蔵国橘樹郡大師河原村(後の神奈川県川崎市)の川島富右衛門の三男<。>・・・帝国大学法科大学(後の東京大学法学部)の仏法科を首席で卒業、司法省に入省する。入省後に司法官試補から、明治26年(1893年)に判事となり東京地方裁判所判事、東京控訴院判事となり、(鳩山一郎の姉)カヅと結婚、明治40年(1907年)から41年まで<欧州>諸国を視察して司法制度・裁判事務取扱を調査した。帰国後は大審院判事を歴任する。東京地裁などの地方裁判所長を経て、検事に転じ辣腕家として知られ、「腕の喜三郎」の異名を取った。司法省刑事局長、大審院検事、司法省法務局長を歴任し、大正3年(1914年)、司法次官に就任し、7年半の間その地位にあった。鈴木は<先輩の>平沼騏一郎の元で司法官僚として重用され<た。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%96%9C%E4%B8%89%E9%83%8E
昭和天皇が元老西園寺公望に七カ条要求<(省略)>を下して後継首相に斎藤実を選定させたのは、・・・内大臣秘書官長木戸幸一の進言を採用したためである。
実は、五・一五事件に際し、首謀者三上卓<(注30)>中尉は「日本国民に檄す」との檄文を散布し、「君側の奸を屠れ! 政党と財閥を殺せ! 官憲を膺懲せよ! 奸賊・特権階級を抹殺せよ!」と主張していた。
(注30)1905~1971年。「海軍兵学校卒業(54期)。・・・1932年(昭和7年)4月、重巡洋艦「妙高」乗組。同年5月、五・一五事件で犬養毅首相を襲撃。1933年(昭和8年)、海軍横須賀鎮守府軍法会議において反乱罪で死刑を求刑されるが、同罪で禁固15年の判決を受け、小菅刑務所に服役する。1938年(昭和13年)、仮釈放。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%B8%8A%E5%8D%93
これを読んだ内大臣秘書官長木戸幸一は三上卓中尉の檄文に共鳴し、事件翌日、「時局収拾大綱」を著して内大臣牧野伸顕に献策し、このなかで「五・一五事件は、三上卓中尉らが政党の堕落と財閥の横暴を憤慨したものである。従って後継首相は政党人を外し、軍部から信頼される人物を選び、その者に政党を監視させるべきである。そうすれば、(軍部の不満が沈静化して)軍部の政治介入の激化を妨げるとともに、政党人に反省を促すことが出来る。後継首相は、人格者として知られる海軍予備役大将斎藤実が最適」と進言し内大臣牧野伸顕も同意した。
昭和天皇は木戸幸一の進言を採用して後継首相に斎藤実を想定し、元老西園寺公望に七カ条要求を下されたのである。
⇒この鈴木のストーリーだと、三上によって「屠」られるべき「君側の奸」とされたはずの、木戸が同じ立場の牧野に献策して了解を取った上で昭和天皇に進言し、昭和天皇の示唆を受けて、やはり同じ立場の西園寺が斎藤を選定したことになり、噴飯物であるところ、私見では、西園寺、牧野、木戸、杉山が共謀して、杉山のお友達である大川周明らに入れ知恵させて三上卓らに五・一五事件引き起こさせ、世論と天皇のどちらにも、挙国一致内閣の樹立が必要だと思わせることに成功し、目出度く、憲政の常道は停止されることになった、ということなのです。
なお、木戸の当時の言動や日記は、このような事実を隠蔽するための演技であり、加工されたものである、と見ればよいでしょう。(太田)
一方、貴族院副議長近衛文麿は木戸幸一の主張に反対し、元老西園寺公望を訪ねて、「・・・『憲政の常道』を堅持する覚悟を持つべきである」と正論を述べて、木戸幸一の斎藤起用案に反対した。・・・
<天皇制永続の観点から、>天皇親政に反対し・・・昭和天皇の政治関与に強い懸念を<いだいている点においては、西園寺も同じだったが、結局、西園寺が、>・・・世間や近衛文麿の期待を裏切って・・・斎藤実を後継首相に指名して「憲政の常道」を捨て去ったのは、「昭和天皇の寵・・・が、自分を去って、木戸幸一に移った」ことを鋭敏に感じとったからである。」(106、108~111)
⇒延々と続く御伽噺に辟易気味ですが、これまで取り上げ損ねて来た、或いは十分取り上げてこなかった、ところの、戦前史の重要史実や重要人物、に光を当てたり、より光を当てたり、別の角度から光を当てたりすることにはなっているので、本シリーズをこのまま続けることにしましょう。(太田)
(続く)