太田述正コラム#1637(2007.1.26)
<米朝関係の現況>(2007.2.27公開)
1 始めに
1月16日、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の米首席代表、ヒル国務次官補がベルリンで北朝鮮首席代表の金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官と会談しました。「次回協議に向けた基礎をつくるため」とされています(
http://www.asahi.com/international/update/0117/003.html
。1月17日アクセス)。
ヒル次官補が17日に講演するとしてベルリンを訪問した機会に両者が会談したところから見て、この会談は北朝鮮側から申し入れた可能性が高いと思われますが、この両者が北京以外で会談したことは初めてであることもあり、米朝間で、北朝鮮の核問題の解決に向けて何らかの合意が成立しつつあるのではないか、という観測が出てきました。
例えば、北朝鮮ウォッチャーの辺真一氏は、米国も北朝鮮もこれまでの強硬なスタンスを転換した、と結論づけています(
http://johoyatai.com/?page=yatai&yid=61&yaid=299
。1月26日アクセス)。
果たしてこのような観測は正しいのかどうか、検証してみました。
2 検証のための材料
(1)憶測に沿った材料
北朝鮮を9??13日に訪問し、宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使らと会談した自民党の山崎拓前副総裁は、北朝鮮は(核査察の受け入れや核拡散防止条約への復帰が盛り込まれている)2005年9月の6カ国協議の共同声明通りにやると述べたとし、同協議は3月ごろに著しく進展を見せるだろうと語っています(
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20070118/mng_____sei_____002.shtml
。1月18日アクセス)。
しかし、この山崎訪朝も、北朝鮮側の呼びかけに答えたものであると思われるところ、もっぱら北朝鮮が自らのスタンスの転換の宣伝にこれ努めている、という印象が拭えません。
例えば、中共の消息筋は、北朝鮮の内閣直属の南北経済交流機構である「民族経済協力委員会」の鄭雲業(チョン・ウンオプ)委員長が、職務停止になっており、米国による金融制裁で凍結されている中国マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)の北朝鮮関連口座の中に、鄭氏が関与したものが見つかり、北朝鮮当局の調査を受けているようだとしています(
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20070126/mng_____kok_____002.shtml
。1月26日アクセス)。
北朝鮮が米国に対し、金融制裁を解除してもらい、6カ国協議の継続を図るために、なりふり構わず恭順の意を表明している様子が窺えるのではないでしょうか。
北朝鮮があせるのも当然だという気がします。
中共では米国との友好関係の維持を至上命題としていることもあり、金正日体制を支えることへの疑問が広がっているからです。
讀賣新聞は、昨年10月、核実験の知らせを受けた胡錦濤国家主席は激怒し、党、政府、軍幹部を集めて北朝鮮を強く非難したらしいとし、中共の政府系研究機関の専門家の「南北朝鮮の統一は地域に安定をもたらす。中国にとっては、経済的にも政治的にも有利だ」、別の研究者の「<金正日体制は、>情勢を不安定化させ、中国から食糧や原油を引き出す『恐喝外交』によって生き延びようとしている」、ある共産党関係者の「中国は金正日と心中するつもりはない」という言葉を紹介しているところです(
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe7000/fe_ki20070123_01.htm?from=yoltop。1月24日アクセス)。
他方、米国がスタンスを転換したことを窺わせる材料は乏しく、わずかに、昨年12月の北京での6カ国協議に先立ってヒル・金会談が北京で行われたり、この6カ国協議と平行して北京で米朝金融実務者間の協議が行われたり、冒頭のベルリンでヒル・金会談が行われたり、とそれまでは拒絶してきた米朝2国間協議を米国が行うようになったことくらいしかありません。
しいて言えば、後、ロイター通信が、北朝鮮やイランに対する強硬姿勢で知られるジョセフ米国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)が辞表を提出し、2月中に辞任すると報じ、同氏が米朝の対話ムードに反発した可能性を指摘していること(
http://www.asahi.com/international/update/0126/005.html
。1月26日アクセス)が挙げられるかもしれません。
(2)憶測と矛盾する材料
一方、米国のスタンスに転換は見られないことを推測させる材料には事欠きません。
米国は、国連開発計画(UNDP)による北朝鮮への支援金が違法に流用されているという疑惑を16日に提起しました。
UNDPは北朝鮮で経済・社会・環境・食料調達などの分野で二十数回のプロジェクトを行ってきており、1年で平均200万米ドルから300万米ドルを北朝鮮に支援していて、そのうちの10万米ドルは北朝鮮現地で職員として雇用した16人に支払う賃金なのですが、その職員の大部分は北朝鮮の公務員であって、国連が支払う賃金は職員には渡らず北朝鮮政府に渡っているというのです。
(以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/01/19/AR2007011901648_pf.html
(1月21日アクセス)、及び
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/01/26/20070126000007.html
(1月26日アクセス)による。)
これは、北朝鮮が強硬なスタンスを転換する姿勢を見せた直後に米国が北朝鮮バッシングを行った、という構図であり、2005年9月に、大いに進展を見せた6カ国協議が終わった直後、米国が金融制裁を発動したことを思い出さざるをえません。
北朝鮮は、対応に苦慮したらしく、ようやく25日になって声明を出し、これは薄汚い政治的意図による誹謗作戦だと米国を非難したところです(朝鮮日報上掲)。
この米国の動きの直後の17日、米国連大使を辞任したばかりのボルトン氏は、東京で北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議について、「失敗した。(同協議を通じた各国の)働き掛けの役割はもう終わった」と述べ、同問題は「現実的には、北朝鮮の現体制が崩壊することでしか解決できない」と主張し、体制を崩壊させるためには「経済的圧力を強めることと、拡散防止構想(PSI)を組み合わせれば効果が出る」と話し、翌18日には、自分が軍備管理問題担当の国務次官時代に実現したリビアの核放棄を例に「検証は合意の後にくるものではなく、合意の核心部分でなければならない<が、>北朝鮮の現体制で、我々が満足でき、彼らが順守するような合意に達するチャンスは皆無だ」と述べています(
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2007011701000759.html
(1月18日アクセス)、及び
http://www.asahi.com/international/update/0119/003.html
(1月19日アクセス))。
3 結論
このボルトン氏は、昨年10月31日に、ニューヨークの米国連代表部を訪問した日本の拉致被害者家族会の4人に対し、「拉致問題は、北朝鮮がテロ支援国家であり、人権侵害国家であることを象徴している」とし、解決に向けた支援を表明し、安倍首相とブッシュ米大統領の間で「この問題の理解は共有されている」とするとともに、ブッシュ大統領がアナン国連事務総長と会談した際、「北朝鮮の政権が自分の任期中に存続し続けるのは汚点である」と述べたと紹介したとされています(
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe4200/news/20061101i205.htm
1月26日アクセス)。
ですから、米ブッシュ政権の対北朝鮮スタンスが転換したとすれば、11月の米中間選挙での与党共和党の敗北や今年に入ってからのイラク新戦略発表を経て何らかの事情の変更があったということになりますが、欧米の主要メディアが一切そのような観測を打ち出していないこともあり、米国のスタンスの転換はない、と私は今でも信じています。