太田述正コラム#1659(2007.2.14)
<米朝の取組水入りへ>(2007.3.17公開)

1 始めに 

 4ヶ月前に北朝鮮が「核実験」を実施し、昨年12月には何の成果も挙げられずに6か国協議が終了したというのに、今回の6か国協議では、2005年の共同声明を履行するためとして、今後60日以内に実施すべき「初期段階の措置」を明示した合意文書が採択されるに至りました。
 北朝鮮は、「すべての核兵器と既存の核計画の放棄」という約束を実行する第一歩として、稼働中の寧辺の核施設を「停止、封印」するとともに、その監視のため、国際原子力機関(IAEA)の査察官の復帰を受け入れることになりました。
 その見返りに、北朝鮮は、重油5万トン相当の経済・人道支援を受けます。
 なお、北朝鮮は、核施設の「無能力化」と「すべての核計画の完全な申告提出」という次の段階に進めば、重油95万トン相当(注)の追加支援を受けることができることになっています。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070213ig90.htm
(2月14日アクセス)による。)

 (注)この重油合計100万トンは、約3億米ドルになるが、拉致問題の進展がない限り日本は負担しない意思を表明しているので、現時点では、米中韓露4カ国が均等負担する予定だ(
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-ex-norkor13feb14,1,1190414,print.story?coll=la-headlines-world
。2月14日アクセス)。

 ちなみに、懸案になっていた「金融制裁」問題については、ヒル米国務次官補は30日以内に解決することを明らかにしました。マカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」が凍結している北朝鮮関連の52口座、約2400万ドルの資金を3分類し、不正とのかかわりが薄い口座の凍結を解除する方向であるとみられています(
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20070214AT1C1300G13022007.html
。2月14日アクセス)
 私は、この合意を、米朝が全面対決状況を凍結し、両者の取組が水入りに入ったと理解しています。
 どうして急転直下こうなったのか、が今回のテーマです。

2 米国の事情

 来年の大統領選挙への出馬を表明したばかりの民主党のホープ、オバマ米上院議員が、10日、ブッシュ政権は、「クリントン政権が成し遂げた(米朝枠組み合意という)実績の上に、状況を築くべきだった」と述べ、「われわれは北朝鮮と話すべきだ」と言明したことに象徴されているように、昨年の中間選挙で勝利した民主党が、対話による北朝鮮核問題の解決を強く促している(
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070211id26.htm
。2月12日アクセス)、という事情がありました。
 ブッシュ政権としては、この民主党が党を挙げて反発している中で、中東、就中イラクへの米軍の増派を行っており、民主党の懐柔のためには、少なくとも北朝鮮の核問題では民主党の顔を立てることが不可欠だと判断したのでしょう。
 ボルトン前米国連大使は、「これはすこぶるつきに悪い取引だ。この取引は過去6年にわたって大統領が追求してきた政策の基本的諸前提と矛盾している。また、米政権が強く見えなければならない時だというのに、これでは弱く見えてしまう」等と激しく噛みついています(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-021207norkor,1,4661449,print.story?coll=la-headlines-world
。2月13日アクセス)。

3 北朝鮮の事情

 しかし、はるかに深刻なのは北朝鮮サイドです。
 まず、食糧事情です。
 北朝鮮の「核実験」に対して国連が経済制裁を科したこともあって、北朝鮮への食糧援助は大幅に減少しています。
 韓国は50万トンもの食糧援助を差し止めましたし、中共から北朝鮮への食料輸出も急速に落ち込んでいます。
 世界食糧計画(The World Food Programme)は、北朝鮮で食糧が特に不足している190万人に供給すべき食糧が20%しか確保できていないとしていますし、国連食糧農業機関(UN Food and Agriculture Organisation)は、北朝鮮の2.300万人の国民の年間食糧所要量の五分の一に相当する100万トン分が不足していると見積もっています。
 なお、昨年は7月の洪水のため、推定10万トン相当の穀物が失われています。
 現時点では、昨年11月が穀物の収穫期だったので、何とかなっていますが、このままではこれから先、餓死者が続出する懼れがあります。
(以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6338941.stm
(2月8日アクセス)による。)
 いくら民衆が何人餓死しようと意に介さない北朝鮮政府であるとはいえ、これは容易ならぬ事態です。
 決定的なのは、エネルギー事情です。
 北朝鮮の発電所は、ソ連が崩壊した時点で40年も時代遅れの代物でした。しかも、エネルギー不足のため、発電所の修理をする部品をつくることができません。ですから、発電所の劣化はとどまるところがなく進行しています。全電力施設は、チューインガムと針金で応急修理がされているという有様です。
 石油不足もひどいもので、発電所では石油の代わりにタイヤを燃やしてみたこともあるようです。
 北朝鮮はエネルギー源としては石炭に82%も依存していますが、産業の全てが老朽化しているため、石炭の採掘も発電所への輸送もままならない状況です。
 こういうわけで、北朝鮮の発電能力は本来7,800メガワットあるのに、稼働可能な発電能力は2,000メガワットしかありません。
 今回の協議おいて、北朝鮮への援助の規模が石油(重油)や電力の単位で議論されたゆえんがよく分かりますね。
(以上、
http://www.ft.com/cms/s/ed5e3948-bad1-11db-bbf3-0000779e2340.html
(2月13日アクセス)による。)
 これだけエネ切れが進行していては、早晩、北朝鮮軍だって動けなくなってしまうでしょう。
 金正日があせったはずです。

4 コメント

 今回の合意は、核施設の解体や、核兵器とプルトニウムの廃棄プロセスに全く触れていませんし、濃縮ウランを使った核開発計画への言及もありません。しかも、今回の合意で、北朝鮮は(ミサイル開発を含む)核開発の停止も核実験の中止も約束していません。他方、国連の対北朝鮮経済制裁は現状のまま維持されます。(讀賣前掲)
 米朝双方とも、水入りとなって一息入れた上で、改めてがっぷり四つになって取組を再開しようと目論んでいる、と私は見ているのですが、いかがでしょうか。