太田述正コラム#1667(2007.2.21)
<ポルノと強姦(その2)>(2007.3.23公開)

3 ポルノ普及説が「普及」しない理由

 このようなポルノ普及説が米国で「普及」しないのはなぜなのでしょうか。
 アングロサクソン諸国共通のビクトリア時代的性意識が邪魔をしている、というのが私の考えです。
  実は、強姦率の高い順に世界の国や地域名を書き出してみると、次のようになります。
 南アフリカ、セイシェル諸島、豪州、モンセラット、カナダ、ジャマイカ、ジンバブエ、ドミニカ、米国、アイスランド、パプアニューギニア、ニュージーランド、英国(
1998??2000年のデータ(
http://www.nationmaster.com/graph/cri_rap_percap-crime-rapes-per-capita)。
 このうち、南アフリカ・セイシェル諸島(Seychelles。1814年に仏領から英領へ)・ジャマイカ・ジンバブエ・パプアニューギニアは旧英国領ですし、モンセラット(Montserrat)は英国領ですし、豪州・カナダ・米国・ニュージーランド・英国は言わずと知れたアングロサクソン諸国です。
 逆に言うと、非アングロサクソン系は、ドミニカとアイスランドだけであり、アングロサクソン系のオンパレードといった趣があります。
 そして、アングロサクソンは、イギリスのビクトリア時代の、慎み深く、性的に抑制されており、どんなささいな誘惑に対しても自分自身を注意深く防御した英国人(
http://www.victorianweb.org/gender/sextheory.html
。2月21日アクセス(以下同じ))に象徴されているように、セックスへの無関心ないし嫌悪感を装う傾向があります。
 だからこそ、というべきか、近代ポルノの起源こそ、16世紀のイタリアや17世紀のフランスに譲ったものの、イギリスは、18世紀には空前の傑作であるファニーヒル(Fanny Hil)を生み出し、19世紀に入ると1850年頃、ギリシャ語のporne(娼婦)とgraphein(書く)を合成した新語、pornography(ポルノ)をつくり出すのです。
 できそこないのアングロサクソンたる米国民もこの点に関しては、本家イギリス以上にアングロサクソン的であり、上記ファニーヒルの出版が公式に認められたのは、信じがたいことに、1960年代になってからでした。
(以上、
http://uktv.co.uk/index.cfm/uktv/History.item/aid/529865
による。)
 ですから、米国では、現在でもポルノに対する嫌悪感が強く、ポルノ普及説に対する反発も、フェミニストを中心に大きい(
http://www.rawstory.com/news/2006/Porn_up_rape_down_0922.html
)のです。
 ちなみに、ニクソン米大統領は、猥褻とポルノに関する審議会(Commission on Obscenity and Pornography)をつくり、ポルノと非行や犯罪との間に因果関係なし、という結論が答申されると激怒し、これに懲りたレーガン米大統領は、同様の審議会を設置した際、イデオロギー的なリトマス試験紙にかけた上で審議委員を選任し、しかも司法長官を委員長に据えたおかげで、反対の結論の答申を得ることができました(
http://anthonydamato.law.northwestern.edu/Adobefiles/porn.pdf前掲)。
 このため、ワシントンポストやロサンゼルスタイムスでさえ、いまだに本当のことを報じることを躊躇せざるを得ない、ということなのです。

4 終わりに

 日本は、極めて強姦の少ない国です(コラム#785)。
 その理由は、「娯楽に関して、子供と大人の間に境界線が引けないだけでなく、欧米においては、大人の隠微な世界に属する「性」が、堂々と・・しかも子供にまで・・開陳されているのも江戸時代の日本人の「民族的特性」の一つですが、これも現代の日本にそのまま受け継がれています。子供がTVで見るアニメ番組の中に、猥雑なもの、エロチックなものが少なからずある国、週刊誌やスポーツ新聞で、硬派の記事とエロ記事やヌード写真が同居しているものが少なくない国、更にはこのような週刊誌のどぎつい広告を電車の中で目にすることができる国、は世界広しと言えども日本くらいである・・・」(コラム#1513)ところに求められると思っています。
 ですから、米国、そして広くアングロサクソン諸国は、性意識において日本化しつつある、と言ってもよいのではないでしょうか。
 私は、米国等で強姦が減っているのは、インターネット/ポルノの普及だけでなく、性的要素がちりばめられているものが少なくない、日本のアニメの米国等への普及も原因の一つだと思っているのです。

5 蛇足

 ところで、米下院で、慰安婦問題での日本政府の対応を非難する決議が通りそうだと話題になっています(例えば、
http://www.sankei.co.jp/news/060914/kok014.htm
。10月2日アクセス)。
 慰安婦への日本官憲の関与があったかなかったか、どの程度あったかが議論されていますが、旧軍の慰安所を含むところの公娼制度・・江戸時代の廓制度に遡る歴史を持つ・・が戦前の日本にあり、それが戦後、ビクトリア時代の性意識を引きずっていた占領軍の要求によって廃止された(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%B2%E6%98%A5%E9%98%B2%E6%AD%A2%E6%B3%95
。2月21日アクセス)ことをわれわれは思い出す必要があります。
 公娼に「官憲」が衛生や「労働」条件等の観点等から関与するのは当たり前のことです。
 それがどうして問題なのだ、と決議を推進している米議員達に対し、性意識教育を含む説得をすべきでしょう。
 そもそも、欧州諸国の多くには公娼制度が現在でもあり、米国ですら、ネバダ州の一部には公娼制度があるのであって、当然、これらの国々や地方の「官憲」は関与をしているはずです。
 公娼に係る業者と売春婦となった女性本人(やその家族)との間の私契約の公序良俗性の問題は残りますが、これは基本的には「官憲」の責任外の話です。
 憲法第9条の「押しつけ」同様、公娼制度の廃止も占領軍の行った愚行の一つであり、憲法第9条がいまだに存続しているだけでなく、公娼制度がいまだに復活していないことは、あえて、日本が米国の保護国であり続けている証であると言わせてもらいましょう。
 
(完)