太田述正コラム#1674(2007.2.26)
<バージニア州の奴隷制謝罪決議をめぐって>(2007.3.27公開)

1 始めに

 米バージニア州議会で、2月24日に奴隷制謝罪決議が採択されました。
 時あたかも、米下院では、慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案が採択されようとしています。
 この二つを関連付けて考えてみました。

2 黒人差別謝罪決議

 昨年11月に英ブレア首相が、奴隷貿易への英国のかつての関与について遺憾の意を表明したこと(コラム#1530)は覚えておられる方もおられることでしょう。
 これに対し、米国では、クリントン大統領が1998年に、奴隷貿易は間違っていたと述べ(コラム#1530)、ブッシュ大統領が、2003年に、奴隷貿易を「歴史上最も大きな罪悪の一つ」と述べただけであり、これらは遺憾の意の表明では全くなく、あくまでも一般論の形で、しかも奴隷制そのものではなく、奴隷貿易についてそれが悪いことだったと述べるにとどまっています。
 米連邦議会も、奴隷制について謝罪する決議を行ったことはありません。
 ですから、バージニア州の上下両院がそれぞれ全会一致で奴隷制について遺憾の意を表する決議を行ったことは画期的です。
 この決議は、今年が州内にあるジェームスタウン市生誕400年記念の年であり、ジェームスタウンが、北米大陸最初のアフリカ出身の黒人奴隷が1619年に到着した(注1)場所でもあることから行われたものです。

 (注1)オランダ船に20人のアフリカ黒人が鎖につながれた形で乗せられて、奴隷として売られるために上陸した。

 なお、この決議が行われた場所である州都リッチモンドは、南北戦争の時の南部連合の首都でもあり、戦争が始まった1861年には、米国の400万の奴隷のうち、バージニア州には50万人が在住していたという点からも、この決議は意義深いものがあります。
 この決議は、奴隷制と「米原住民の搾取」について、「バージニア及び米国の歴史の長い期間にわたる、自由と平等という道徳的規範からの逸脱である」(注2)として「深甚なる遺憾の意」を表明し、この二つは「人権蹂躙の中で最もおぞましいものであり、われらの国の歴史における建国の理念に違背する」とし、更に、「<1865年の米憲法改正によって>奴隷制が廃止されてからも、人種主義、人種的偏見、人種的誤解に基づき、アフリカ系の米国人に対する社会的差別、強制隔離、その他の陰険なる制度ないし慣行が続けられた」としています。

 (注2)18世紀初頭までには、奴隷制に係る法制がバージニア<植民地>議会によって整備され、奴隷所有農場主は所有する奴隷が死んでも責任は問われず、また、逃亡奴隷は追跡して殺すことができる、等が規定された。

 同様の気運は他の州でも見られ、メリーランド州とミズーリ州でも同種の決議を行うことが検討されていますし、フロリダ州では、1923年に白人のリンチ集団によって破壊し尽くされた黒人の町の子孫に対し、賠償金が支払われました。
 (以上、特に断っていない限り
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/6394981.stm
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2021382,00.html
(どちらも2月26日アクセス)による。)
 ただし、州議会や更には連邦議会がいくら同様の謝罪決議をしても、大統領が遺憾の意を表明することはないでしょう。
 州議会や連邦議会の決議には法的拘束力がありませんが、大統領が遺憾の意を表明すれば、それは米国政府を拘束し、米国政府に奴隷の子孫に対する賠償責任が発生し、大変なことになるからです。
 蛇足ながら、このニュースを、英国の主要メディアの電子版が伝えたのに、米国の主要メディアの電子版は全く報道していないことはイミシンですね。

3 慰安婦問題問責決議案

 2月25日のフジTVの番組で、慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案の採択を推進している日系のホンダ(Mike Honda)米下院議員(カリフォルニア州サンノゼ選出)が同番組の司会者とやりあった場面をご覧になった方もおられると思います。
 ホンダ議員は、1993年のいわゆる河野談話(後述)を引き合いに出し、日本軍が慰安所を設け、強制連行してきた慰安婦にそこで兵士相手に売春をさせた事実を日本政府は認め、だからこそ謝罪したと自分は理解しているが、政府の最高責任者である首相が公式に謝罪していないのは問題だ、と主張しており、彼の余りにひどい事実誤認ぶりに唖然としました。
 (以上、私の視聴体験、及び
http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070225/wdi070225004.htm
(2月26日アクセス)による。)
 もっとも、英BBCが、「日本<政府>は、第二次世界大戦中、女性を強制的に性的奴隷(sex slave)にしたことを認めているが、<政府としての>補償は拒否してきている」、また、米ロサンゼルスタイムスが、「<日本政府が>しばしば否定しているところの、日本帝国における「性的奴隷」及びその他の戦時中の違法行為(injustices)の問題について、ホンダ議員らが、謝罪を要求する決議案を提出しているが、これはいじめではなく、友人としての忠告(nudge)であって、彼らは、日米関係が前に進むためには、日米双方が基本的な事実について共通の認識を持つ必要があるということを言っているだけなのだ」、といったお粗末な報道をしている以上、ホンダ議員が上記のような誤った認識を持っていることを、あながち責めることはできません。
 (以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6374961.stm
(2月20日アクセス)、及び
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-cunningham20feb20,0,3201297,print.story
(2月21日アクセス)による。)
 責められるべきは、まず、これまで毎年大挙して米国を訪問してきた日本の政治家達でしょう。ホンダ議員らとまともな議員交流を行ってきたとは思えないからです。
 日本の外務省もこれまで一体何をやってきたのでしょうか(注3)。

 (注3)麻生外相は、国会で上記決議案が事実誤認に基づいていると答弁したが、いかなる事実誤認なのか明らかにしていない。また、加藤良三駐米大使は、ワシントンでこの麻生発言を引用しつつ、これまで日本政府は何度も謝罪してきたのでこれ以上謝罪する必要はない、と主張している(
http://www.japantoday.com/jp/news/399054
(2月26日アクセス)及びBBC上掲)。河野談話(後述)に金縛りになっているのだろうが、これでは何を言っているのか分からず、対日不信感を増幅するばかりだ。

 更に申し上げれば、ホンダ議員の選挙区のサンノゼは、スタンフォード大学のすぐ近くですが、これまで同校の日本人留学生達は、ホンダ議員を同校に招くなり、議員の現地事務所に足を運ぶなりして、議員に正しい認識を持ってもらう努力を払わなかったのでしょうか。
 むろん、最も責任が重いのは河野談話(注4)の主の河野洋平官房長官(当時。現衆議院議長)その人です。

 (注4)韓国政府の立場を慮って、慰安婦の強制連行の事実が確認できなかったというのに、事実が確認できたと受け止められても仕方がないような発言を行った上で、日本政府を代表して謝罪した。その上で日本政府の肝いりで、民間基金が設立され、慰安婦であった人々に金銭的支援を行った。この支援は今年3月に終了する。(典拠省略)

 河野さんにはスタンフォード大学滞在(留学とは言えないと認識している)経験がありますが、謝罪するということが、米国で、ひいては世界でいかなる意味があるのかくらいは最低限学んで帰国して欲しかったと痛切に思います。

4 終わりに

 ホンダ議員らには、生かじりの知識で他国の性的「奴隷」問題などに首を突っ込むことなど止めて、自分の国のホンモノの「奴隷」問題に係る米連邦下院での奴隷制謝罪決議の採択に向けてぜひ尽力して欲しいものです。
 この決議に、米原住民(インディアン)への謝罪のほか、支那人や日本人等アジア出身者に対する差別についての謝罪も盛り込んでもらえれば、なおよろしいが・・。