太田述正コラム#1680(2007.3.4)
<米国の対イラン攻撃はない(その2)>(2007.4.5公開)
3 イラク主催の国際会議開催へ
(1)米国の方針変更
2月27日、ライス米国務長官は、イラク政府が主催するところの、イラク情勢の安定化問題についての国際会議が、3月中にバグダッドで大使級で開催され、また、早ければ4月前半にも恐らくイスタンブールで外相級で開催され、これらの会議に米国が、イランやシリアとともに出席する予定であることを明らかにしました。
これに関連し、米国務省報道官は、外相級の会議の席上、ライス(Condoleezza Rice)米国務長官がイランやシリアの外相と接触する可能性を否定しませんでした。
これは、昨年12月6日に公表されたベーカー元米国務長官らによる超党派のイラク報告書(コラム#1553)の中で米ブッシュ政権がイランやシリアとの対話を促されていたことや、民主党からも、更にはキッシンジャー元米国務長官からも同様の要求がなされていたことに答えた動きであると米英では受け止められています。またこれは、ハリルザド(Zalmay Khalilzad)米駐イラク大使のかねてからの希望にも合致しています。
ちなみに、イラン等が参加する中東諸国会議に2004年、米ブッシュ政権の当時のパウエル(Colin L. Powell)米国務長官が出席し晩餐会の席上当時のイラン外相と雑談をしたことがありますが、イランがウラン濃縮を開始したこととシリアがレバノンのハリリ元首相暗殺に関与した疑いが出てきて以降、ブッシュ政権は、イラン及びシリアとの対話を回避して現在に至っていました。
大使級の国際会議には、イラクの6つの隣国のほか、国連安保理委員会常任理事国の5カ国、バーレーンとエジプト、そしてアラブ連盟、イスラム諸国会議機構(the Organisation of the Islamic Conference)、EUも招請され、外相級の国際会議には、それらに更にサミット参加国(日本・カナダ・イタリア)も招請されることになっています。
もともと、イラクのマリキ(Nouri al-Maliki)政権が米国とイラクの6つの隣国だけと国際会議を持ちたちと考えていたところ、米国が、自国が脚光を浴びないようにするために、参加国を増やすように求めたという経緯があります。
(2)方針変更の理由とそのタイミング
このような米国の方針変更の理由は、ライス長官自身が示唆しているように、上述した、イラン・シリアとの対話を求める声への配慮です。
配慮しなければ、在イラク米軍兵力の増強というブッシュ政権の新イラク政策の遂行が困難になるというわけです。
では、どうしてこのタイミングで米国は方針変更を表明したのでしょうか。
それは、これまでずっとイランに対して弱い立場にあった米国が、ようやく強い立場でイランと対話できる条件が整ったとブッシュ政権が判断したからです。
イラクにおける米軍兵力の増強自身がイランにとっては脅威ですし、その上、米国はイランが米軍兵士を殺傷する路傍爆弾の製造に手を貸しているというキャンペーンを打ち、更にペルシャ湾に二つめの空母機動部隊を派遣しました。
しかも現在、イランは、ウラン濃縮を中止する安保理決議が定めた期限を徒過し、対イラン経済制裁の強化の議論が始まっています。
マリキ政権のガバナンスを高める一方でイラクにおける米国の利益を確保するための措置に目途がついたことも重要です。
つまり米国は、近々イラク議会に上程される、イラク炭化水素法案に関するイラク議会各派のコンセンサスの醸成に成功したのです(注)。
(以上、特に断っていない限り
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2023016,00.html、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/02/27/AR2007022700894_pf.html、
http://newsweek.washingtonpost.com/postglobal/needtoknow/2007/02/us_agrees_to_meet_in_baghdad_w.html
(2月28日アクセス)、及び
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2023830,00.html、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6403633.stm
(3月1日アクセス)による。)
(注)ハリルザド大使がワシントンポストにイラク炭化水素法案の策定を祝賀する論考を掲載したことからも、これの米国にとっての重要性が推し量れる。イラクの各地域(直截的に言えば、シーア派、スンニ派、クルド人の間)で公平に石油収入が配分されることが規定されていることもさりながら、外国(つまりは米国と英国)が自由にイラクの石油利権を獲得できるという趣旨の規定が盛り込まれていることがポイントだ。(http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/IC02Ak04.html(3月2日アクセス)、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/03/02/AR2007030201143_pf.html(3月4日アクセス))
(3)コメント
米国の石油資本の利益を確保できる目途もたったことから、後は脅しと対話のダブルトラック路線でイランとシリアさえ抑止できれば、イラク国内の治安状況が抜本的な改善を見なくても、また、法の支配や自由・民主主義がイラクで確立しなくても、米軍がイラクから撤退する環境は整う、というのがブッシュ政権の採用した新イラク政策のホンネベースの全体像だ、ということです。
いずれにせよ、米国がイランとマジに事を構える気がないことだけは間違いないでしょう。