太田述正コラム#1729(2007.4.12)
<北朝鮮をいたぶる米国(続)>

 (これは、情報屋台用のコラムを兼ねています。)

1 始めに

 私は、太田述正コラム#1693「北朝鮮をいたぶる米国」(近日公開)において、要旨次のような指摘をしました。

 「米国は、北朝鮮に対して、北京の六カ国協議において2月14日、30日以内のBDA問題の解決を約束したところ、わざわざその期限を過ぎた3月14日、米国の銀行のBDAとの取引を正式に禁止する一方、凍結されている北朝鮮の銀行口座の取り扱いはマカオ当局にゆだねる、という中途半端な措置を発表した。
しかも、対北朝鮮事業の経費が北朝鮮で不正に流用されているとの1月の米国の指摘を踏まえ、国連開発計画(UNDP)が、3月1日までに、総額1,790万米ドルにのぼる、人道分野を含めたすべての対北朝鮮事業を停止した結果、米国は、金融「制裁」解除で北朝鮮に戻されるであろう金額2,500万米ドルに見合う金額を、別途あらかじめ凍結するのに成功した。
米国は北朝鮮をいたぶっている。」

 さて、BDA問題は、われわれをハラハラドキドキさせた後、米側が譲歩に譲歩を重ねてようやく今週決着した(注1)、と皆さんの眼には映っていることでしょうが、本当のところはどうだったのでしょうか。
 ニューヨークタイムス電子版に12日付で掲載された記事とコラムを踏まえて、私の見方をご説明したいと思います。

 (注1)このニュースは、ワシントンポスト電子版が10日付で一番早く報じた:
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/04/10/AR2007041001805_pf.html
(4月11日アクセス))

2 BDA問題とは何だったのか

 北朝鮮がらみの非合法営利活動を、おとり捜査を含めて大々的に捜査してきた米国司法当局は、2005年の夏、59人の容疑者を逮捕し、450万米ドルの偽造百ドル札(スーパーノート)や数百万ドル相当の偽造たばこや覚せい剤やバイアグラもどき等を押収して捜査を終えました。

 これら容疑者は裁判にかけられましたが、上記非合法営利活動にかかわった金融機関に対する捜査はその後も続き、その結果、マカオの銀行のほとんどがクロであることが判明したというのです。
 その中でも一番ひどかったのが、中国銀行(Bank of China)マカオ支店でした。
 これは、マカオの銀行だけでなく、マカオ、マカオ当局、中国、中国政府のすべてが北朝鮮の非合法営利活動の事実上の共犯者であることが判明した、ということです。

 米国がこれらを全部摘発したら、国際金融システムを壊滅させる懼れがありました。
 そこで米国政府は、つぶしても影響がさほど大きくない小ぶりのBDA(Banco Delta Asia)だけを摘発することにしたというのです。

 この米国政府の摘発の結果、中国政府の指示の下、マカオ当局の手でBDAの計2,500万米ドルの北朝鮮関係口座(注2)は凍結され、パニくった預金者によって預金の約三分の一の1憶3,300万米ドルが引き揚げられたため、BDAは事実上倒産に追い込まれます。

 (注2)その後米財務省が明らかにしたところによると、この2,500万米ドル中、17口座1,300万米ドルが非合法活動に関わっており、35口座1,200万米ドルは問題がなかった。なお、後者のうち700万米ドル近くは、平壌を本店とする外資系合弁銀行であるDaedong Credit Bankを買収した英国人が権利を主張している(
http://www.ft.com/cms/s/c407e006-e77e-11db-8098-000b5df10621.html 
。4月12日アクセス)。

 これを受け、中国の銀行を含む世界の銀行の多くは、北朝鮮がらみの金融取引から手を引かざるをえなくなりました。
(以上、特に断っていない限り
http://www.nytimes.com/2007/04/11/world/asia/11cnd-macao.html?pagewanted=print 、 http://www.nytimes.com/2007/04/12/world/asia/12bank.html?ref=world&pagewanted=print  
(どちらも4月12日アクセス)による。)

 これが真相だとすると、米国政府が当初、北朝鮮の銀行口座の取り扱いはマカオ当局にゆだねる、という中途半端な措置をとった理由がよりはっきりしてきますね。
 つまりブッシュ政権は、北朝鮮をいたぶったと同時に中国政府もいたぶったのであろう、と私は考えているのです。

 一時、BDAの凍結口座の資金を一括して中国銀行の口座に送金する案が浮上した(Strategic Comments, Volume 13, Issue 2, IISS)のは、本来米国の摘発の主対象となっていても不思議ではなかった中国銀行に汚れ役を引き受けさせようという中共政府の魂胆からであり、また、異例にも中国銀行が中国政府のこの「指示」を拒否した(同上)のは、将来、中国政府によって汚れた贖いの羊として中国銀行が切り捨てられ、倒産に追い込まれるような事態になることを懼れたためでしょう。

 また、もともとBDA(だけ)の摘発が、ブッシュ政権の高度の政治判断に基づいて行われたのであったとすれば、それが、北朝鮮の核問題を主要テーマとする六カ国協議に及ぼす影響を十二分に考えた上で行われたものであることもまた容易に想像できます。

 北朝鮮が、BDAの凍結口座の凍結解除までは核施設の閉鎖は行わない、と異常なほどこの問題にこだわったのは、北朝鮮の違法営利活動について、自分達だけが悪者にされることに対する、米国及び(共犯たる)中国政府に対する死に物狂いの異議申し立てであった、と考えれば腑に落ちます。

 米国政府が、4月10日、翌日以降いつでも、BDAの凍結口座の口座名義人は、口座のカネを自由に引き出したり送金したりできる旨を表明して、BDA問題を最終的に解決した(
http://www.nytimes.com/2007/04/12/world/asia/12korea.html?pagewanted=print
(4月12日アクセス)及びFT上掲)のは、中国政府と北朝鮮、とりわけ中国政府に対する教育的指導が十分過ぎるほど効いたからそろそろ先に進もう(注3)、と思ったからでしょう。

 (注3)米国が4月9日、知的財産権の保護が不十分であるとして中国をWTOに提訴したこと(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/6540205.stm  
。4月12日アクセス)や、現在訪日中の中国の温家宝首相と安部首相との間での共同文書に、北朝鮮による拉致問題に関して中国が「必要な協力を提供する」との文言が盛り込まれることになった(
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070410i101.htm?from=main1
。4月10日アクセス)ことは、タイミングから言って、それぞれ、ブッシュ政権が議会多数派の民主党に配慮せざるをえないから、中国が日本との関係修復に血眼になっているから、ということだけでは説明しきれないのではないか。

3 終りに

 今度は、さんざん米国にいたぶられた北朝鮮が、(ブッシュ政権の「期待」に応えて、)六カ国協議での合意の履行をいかに小出しにし、いかにサボるかを注目する番です。