太田述正コラム#1748(2007.4.26)
<消印所沢通信14:アバウトな話>
排水量はフネの重量……と,そんなふうに思っていた
時期もありました.
ついこないだ,調べて分かったんですが,実はそれでは
正解じゃないそうです.
まず,アルキメデスの原理によれば,
「流体中の物体は,流体から浮力を受ける.
浮力の大きさは,この物体が排除した分の周囲の流体
(すなわち物体と同体積の流体)に働く重力に等しく,
方向は重力と反対である」
つまり船で言えば,船を水上に浮かべた際に,押しのけられる
水の重量,だということになります.※
そして,これは船の自重に等しくなります.
理論的に言えば.
ところが…….さて,どうやって排水量を測るかというと,
何万tもある艦艇を,実際にプールに浮かべて,こぼれた
水を測るというわけにもいきません.
そんなでっかいプールはどこにもないからです.
船狂いのジェームズ・キャメロン監督でさえ,映画「タイタニック」を
撮るにあたって作ったプールには,タイタニック号の一部しか
浮かべることができませんでしたしね.
そこで,喫水を測って排水量等測線図を作り,そこから
計算して排水量を求めることになります.
ですが,それにも様々な誤差が出てくるので,単純に
「船の重さ」とは言えないのだそうです.※2
何万トンとか,何千トンとか,表示が非常に大雑把なのも,
そうした誤差を考えると,細かな数字は意味がないためらしい.
だから正確には,「排水量とは,船の重さについての
おおよその目安」でしかない,とか.
船には尺度がもう一つあります.
総トン数.商船ではこちらのほうがよく使われますね.
じゃあ,こっちはアバウトなのか,そうでないのか,といいますと,
説明がちょっとややこしい.※3
19世紀以前では,トン数は,大雑把だが確かに容積を
表す数字でした.
そのころ,その数字の求め方は各国まちまちで,英国では,
船の内法(うちのり)の長さと幅の二乗との積をフィートで
計算し,それを94で割って算出していました.
容積トンだと1トン=40平方フィートですが,船の前後の
痩せた部分や船体構造部材の出っ張りなどを考慮して
94で割ることにしたのだとか.
当然,このやりかただと,幅が狭くて深さがある船を作れば,
トン数は実際より少なくなりますわな.
実際,そんな船を作って税金をごまかす船主が現れるように
なり,船の安全性に問題が出てきたそうなんで.
まるで,間口を税の軽重の目安にしたら,どの家もどの
家も間口だけ小さくて,その代わり奥のほうへ,のぼーっと
長くなってしまった,どこかの国のような話ですな.
そこで1954年,Moorsom方式と呼ばれる大まかな
国際ルールができました.
船の何個所かの断面を正確に求め,それを長さ方向に,
シンプソン法則と呼ばれる数式によって積分する方法が
それで.
ただし甲板室スペースは算入し,機関室と乗組員常用室容積は
控除する.
Moorsomは提唱者の名前.
この方式により,1容積トン=100平方フィートとなりました.
その後も,2度の国際条約で,何を含めて何を含めないかとか
やっている内に,現在の測度規則による総トン数は,もはや
重さや容積を表す数字ではなく,単に船の大きさの指標と
なる数値でしかないものになってしまいましたとさ.
どっとはらい.
こうして見ますと,排水量といい総トン数といい,技術の
塊のようなところに,意外に大雑把なものが潜んでいる
ものですな.
厳密な正確さが要求されると思われている工学ですら,
このように,けっこうアバウトでもなんとかなるのですから,
もっと曖昧なもの,例えば人の生き方なんて,アバウトでも
なんとかなるんじゃないでしょうかね.
(了)
【脚注】
※ 吉田文二著『船の科学』(講談社,1993.6.25)
※2
http://www5f.biglobe.ne.jp/~Tan-Lee/modo/gijutu/haisui.html
参照.
※3 以下,総トン数の説明は,大阪商船三井船舶編
『海と船のいろいろ』(成山堂書店,1998.2)を参考にした.
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<太田>
防衛庁時代に、私も自分で調べたことがありました。
なつかしいですね。