太田述正コラム#1760(2007.5.8)
<作り話の系譜:消印所沢通信16>
 【質問】
 こんな報道がありましたが,ということは,中国諜報機関が
事件の背後にいるという話はガセだったんですね?
(45歳,映像クリエイター)
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イージス艦情報、わいせつ画像交換で拡散
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070405it01.htm
(リンク切れ)
 海上自衛隊第1護衛隊群の護衛艦「しらね」の2等海曹(33)が
イージス艦情報を持ち出した事件で、情報は、2曹が
同僚からわいせつ画像をコピーした際に流出していたことが
4日、神奈川県警などの調べで分かった。 (中略)
 調べに対し、2曹は「わいせつ画像をコピーしたら、イージス艦の
情報ファイルも一緒に入っていた。後から気づいた」などと
供述。残る2人の下士官のパソコンなどにも、2曹と同様の
わいせつ画像が大量に入力されていたことが確認されている。 (後略)
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 【回答】
 「それ,犯人がそう言ってるというだけじゃん」
……と,これだけで話が終わってはコラムにならないので,
もう少し深く掘り下げてみましょう.
 たしかに,ありえるストーリーではあります.
 ですが,すれっからしの諜報マニアは,そんな「ストーリー」は
信じません.
 「何かの事実を隠すために捻り出されたカバー・ストーリーなの
では?」 と,まず考えます.
 しかもこの事件では,そのストーリーを言い出しているのは
犯人の側です.
 当然,捜査当局も,情報入手ルート隠蔽のために
作り出した「作り話」であることを疑うでしょう.
 疑わなきゃプロじゃない.
 前例もあります.  冷戦初期,CIAではベルリン地下にトンネルを掘り,
ソ連軍の電話交換局まで盗聴器を仕掛ける作戦を
行ったことがあります.  これが発覚したのは, 「巧妙に隠された
盗聴線を、偶然、技師が発見したからだった」  …長い間,このように
説明されていました.
 しかしこれはカバー・ストーリー,事実を隠すための作り話でした.
 事実は冷戦後に分かりました.
 当時の英国政府高官の中にスパイがおり,作戦は
計画段階からソ連に筒抜けだったのです.※
 (つまり,CIAが盗聴して得た情報は全て,欺瞞情報だった
可能性が高い.爆笑)
 日本でも例があります.
 ゾルゲ逮捕がそうです.  
 ゾルゲ・スパイ網が発覚したのは,全くの偶然からだ,とこれまで
言われてきました.
 すなわち,まず全くゾルゲとは無関係の件で,1941年6月に
日本共産党員であった伊藤律が逮捕された際,アメリカ
共産党員で当時日本に住んでいた北林トモの名を自供.
 さらに北林がアメリカ共産党の同志,宮城の名を自供した
ことがきっかけだった,というのがこれまでの通説でした.
 しかし近年の研究では,野坂参三がゾルゲを特高に
売ったという説が有力になりつつあります.※2
 だとすれば,「北林トモから」説は,情報源を隠したかった
特高が作り上げたカバー・ストーリーである可能性が高いでしょう.
 では,現職ではなく,元諜報員の証言や回想録なら
信頼できるかといえば,これもそうはいきません.
 それ自体,欺瞞情報やプロパガンダ工作である可能性を
考えねばならないからです.
 例えば1985年,KGBワシントン駐在員のユルチェンコが
亡命するという事件がありました.
 ところがしばらくすると,ユルチェンコはまたソ連に戻り,
「あれは拉致されたんだ」 などと言い出しました.
 この事件について, 「ソ連側のスパイ,オルドリッチ・エイムズ
から目をそらすため,ウソの情報をCIAに与えることを目的としたウソ
の亡命ではないか」 との声が今も根強いのです.※3
 (ユルチェンコはその後,処刑されたという話も伝わっていますが,
「死んだ」ことにされるのも諜報機関ではありふれた手口ですね)
 なら,機密文書が機密解除されるまで待つしかないのかと
いえば,これもあまりアテにできません.
 都合の悪い機密文書は,黒塗りで出されたり,「紛失」された
ことにされたり,そもそも存在自体を否定されるなど,
いくらでも隠蔽が可能だからです.
 旧KGB文書などは,膨大な上にろくに分類分けされておらず,
今でも全貌を掴んでいる人間など誰もいないという有様.※4  
 情報公開に対する一種のサボタージュなのがモロ分かりですね.
 ではどうするかと言えば,情報のクロス・チェックを丹念に
やるしかない,ということになります.
 一つの事項について可能な限り多くの文献を集め,比較する.  
 一致している場合,「だいたいそれで正解だろう」という
ことになります.
 一致しない場合は? これが厄介で.
 どちらの側の論拠が,より確かなのか?  主張者自体の信頼性は?
(歪曲やトンデモの常習者なら, 考慮の対象外です)
 そんな諸々を考察せなあかん,ということになります.
 しかもそんなめんどい作業をしても,それは絶対的な
回答でありません.  まあ,陰謀論という楽なところに逃げ込む人間の
気持ちも, 分かるというものですね(笑)
 しかし見方を変えると,これはクロスワード・パズルのような
ものです.
 縦のカギ:一冊の文献の中の時系列  横のカギ:同じ時期についての,
複数の文献にまたがる記述
 時々,数カ国にまたがり,3次元パズル,4次元パズルに
なったりもしますが,うまく縦横が一致したときなど,これほど
面白いパズルもないわけで,こんな面白いパズルを放棄して,
安易に陰謀論に走る人がいるのが,当方には理解できなかったりします.
 さーて,このコラム終わったし,雑誌のクロスワード・パズルでも
やるとするか…  …何これ!? 激ムズじゃん!! ムキーーーッ!!  これは
きっとナベツネの陰謀ぉぉぉぉ!!!!!
 (了)
※  『KGBの内幕』
(オレグ・ゴルジェフスキー著,文芸春秋,1993.12)
※2 『別冊歴史読本 太平洋戦争情報戦』
(新人物往来社,1998.5)
※3 『ザ・メイン・エネミー CIA対KGB最後の死闘』
(ミルト・ベアデン著,ランダムハウス講談社,2003.12)
 『FBIスパイハンター』
(ピーター・マース著,徳間書店,1995.8)他
※4 『KGB極秘文書は語る』
(アンドレイ・イーレシュ著,文芸春秋,1993.4)
 また,『闇の男 野坂参三の百年』
(小林峻一著,文芸春秋,1993.10)にも,ロシアで
野坂参三関係文書を探す際,機密文書がそのような
有様なので苦労した,という話が出てくる.