太田述正コラム#1553(2006.12.8)
<イラク報告書批判(その1)>(2006.12.8→2007.5.10公開)
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1 始めに
12月6日に公表された、ベーカー元米国務長官らによるイラク報告書の評判は芳しくありません。
どんな批判の声があがっているか、私の全般的感想を記した上で、ご紹介しましょう。
2 全般的感想
超党派のメンバーのコンセンサスを報告書にしたおかげで、毒にも薬にもならない空疎な内容になってしまった観があります。
10月に(コラム#1462で)イラクの現状の打開策として7つのオプションを挙げ、いずれも帯に短したすきに長しだ、といったことを申し上げたところですが、この報告書が打ち出した提案は、その時挙げた「スケジュール付き駐留軍逐次撤退」オプションの変形と「周辺国頼み」オプションの組み合わせである、と言えるでしょう。
ブッシュ大統領は、「周辺国頼み」オプションは採用しない旨をただちに明言しました(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/12/07/AR2006120700162_pf.html。
12月8日アクセス(以下同じ))が、同大統領が、残りの変形「スケジュール付き駐留軍逐次撤退」オプションを採用しなくても、そして採用すればなおさら、10月に申し上げたように、イラクのクルド・シーア派・スンニ派三地区への分割がなし崩し的に進んで行くことでしょう。
私自身は、「駐留軍の兵力増強による攻勢」(コラム#1462)をかけつつ、「イラク政府首班のすげ替え」(同左)を行い、サドル派のマーディ軍を始めとするシーア派民兵組織を壊滅させ、クルド・シーア派・スンニ派三地区からなる連邦制を確立する、というオプションを米国が乾坤一擲採用して欲しいと思っていますが、米国が疲れ果てている以上、無い物ねだりでしょうね。
3 イラクからの批判
この報告書に対しては、イラクからも批判が投げかけられています。
この報告書が、イラクの警察が腐敗しており、かつシーア派民兵組織に半ば乗っ取られてしまっていることから、警察を、シーア派が牛耳る内務省からスンニ派が牛耳る国防省(ただし、兵士の大半はシーア派)に移管することを提案していることについては、軍まで腐敗したりシーア派民兵組織に乗っ取られたりしかねず、またそもそも、シーア派が反発して実行不能である、というのです。
またこの報告書が、米軍の実働部隊を減らす一方で、イラク軍と行動を共にする米軍顧問を増やし、2008年中に米軍の実働部隊のイラクからの撤退を実現することを提案していることに対しては、イラク軍の指揮を米軍がとるとイラク国民に受け止められるのは必至であり、到底受け入れられない、という反発が出ています。
また、サドル派などは、当然ながら、米軍が2008年まで撤退しないことに不満を述べています。
周辺国の協力を得る、という提案については、スンニ派はもとよりシーア派内にもイランのこれ以上のイラクへの介入に懸念の声があり、シーア派はスンニ派諸国がイラク内政に関与することに反対しており、クルド人は、トルコのクルド「独立」問題への介入を懼れています。
このように、イラクの現実から遊離した提案ばかりが出てきたのは、9ヶ月かけて報告書をまとめたメンバー達がイラクを4日間しか訪問せず、しかも、そのうちの1人である(海兵隊の部隊訪問をした)ベトナム戦争経験のある元海兵隊員にして元米上院議員を除いて、全員がバグダッドの米軍司令部地区(グリーン・ゾーン)に籠もりきりであったからだ、と嗤われています(
(以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/12/06/AR2006120602235_pf.html、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/12/06/AR2006120601672_pf.html)、及び
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1967270,00.htmlによる。)
4 イスラエルからの批判
イスラエルでの評判も良くありません。
イスラエルのオルメルト首相は、報告書がイスラエルに対し、レバノン、穏健なパレスティナ勢力、そして、ゴラン高原のシリアへの返還を推賞しシリアとの直接交渉を呼びかけていることに対し、イラク問題と中東問題とをリンクさせる物の見方には賛同いたしかねる、と述べた上で、穏健なパレスティナ勢力との対話は行いたいが、シリアがヒズボラやハマスと手を切らない限り、シリアと交渉するつもりはない、と述べました。
ちなみに、レバノンのシニオラ政権は、イスラエルとの交渉を拒絶しています。
イスラエルの有識者達は、イランと対話せよと言うが、イランは、イラク内のシーア派各派への影響力すら大したことはないので、対話しても無意味であるとか、イランの核問題やイランによるヒズボラ・ハマスへの支援を等閑視している、と批判しています。
右派は、占領地を返還して安全を買えという、これまでのイスラエルの対アラブ政策は完全に破綻したのに、またぞろそんなことをこの報告書が言っていると憤っています。
ただし、左派だけは、この報告書を持ち上げています。
(以上、
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1966703,00.html、
http://www.csmonitor.com/2006/1208/p01s02-wome.html、及び
http://www.csmonitor.com/2006/1207/dailyUpdate.htmlによる。)
(続く)
イラク報告書批判(その1)
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