太田述正コラム#1731(2007.4.13)
<暮れゆく覇権国の醜聞>(2007.5.13公開)
1 始めに
 電子版(4月13日1500現在)でニューヨークタイムスやワシントンポストやファイナンシャルタイムスやガーディアンのトップないしトップに近いニュースが、日本の朝日、毎日にだけベタ記事扱いで出たけれど日経、産経、東京では無視されている、といったことはめずらしくないかもしれません。
 しかし今回は、ウォルフォヴィッツ(Paul D. Wolfowitz)世銀総裁の愛人がらみのニュースであり、面白いだけでなく、色々考えさせるところがあるので、このニュースをかいつまんでご紹介したいと思います。
 (以下、特に断っていない限り
http://www.ft.com/cms/s/ee84cc80-e91e-11db-a162-000b5df10621.htmlhttp://www.ft.com/cms/s/18b3bad0-e914-11db-a162-000b5df10621.html 、http://www.nytimes.com/2007/04/13/world/13wolfowitz.html?hp=&pagewanted=printhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/04/12/AR2007041201822_pf.htmlhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/04/12/AR2007041201188_pf.htmlhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/business/6548291.stmhttp://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2056197,00.htmlhttp://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2056353,00.html
(いずれも4月13日アクセス)による。)
2 世銀総裁の醜聞
 (1)背景
 ウォルフォヴィッツが世銀総裁に就任したのは、2005年6月であり、米国防副長官であった彼をブッシュ大統領が、世銀の最大の出資国(16%)である米国の事実上の指定席となっている総裁職に推薦し、世銀出資国代表24名からなる世銀理事会・・米日独英仏等が理事を出している・・がこの推薦を受けて彼を総裁に任命したものです。
 任命当時から、米国の経済力が相対的に落ちてきているというのに、世銀総裁の職が依然米国の事実上の指定席になっていることに対するわだかまりが米国以外の世銀理事国や世銀内部にはありました。
 そして、ウォルフォヴィッツがネオコンの一人として対イラク戦を推進したことをとらえて、ブッシュ政権が世銀を米国防省の別動隊に仕立て上げようとしているのではないか、といった批判すら投げかけられたものです。
 実際、就任後ウォルフォヴィッツは、アフガニスタンとイラクに世銀資金をつぎ込み、世銀のバグダッド事務所を再立ち上げするという李下に冠を正すようなことをやっています。
 また彼が、世銀債務国における腐敗撲滅をかかげて、世銀理事会に諮らないままインド、チャド、ケニア等への融資を一時的に停止したり、ウズベキスタンへの融資を、同国が米軍を2005年に追い出した時にただちに停止したことは、世銀債務国はもちろん、米国以外の理事国の間でも評判が悪く、3月には、債務停止の際には理事会への諮問すること等、総裁の権限に様々な制約が課されるようになったばかりです。
 総裁は、世銀内部でも腐敗撲滅を推進し、腐敗監視部局(public integrity division)の職員数を2倍にしたのですが、これにより、総裁は世銀内部や世銀関連業者達からも浮き上がった存在になってしまいました。
 これほど腐敗撲滅を唱える総裁が、米国防省時代の男女二人の部下を引き連れて世銀入りし、この二人に高給を与え、側近政治を行ったのですから、総裁に対する反発が世銀内部で次第に高まっていったのは当然です。
 男性の給与240,000米ドル、女性の給与250,000米ドルは、どちらも博士号を持つ25年勤続の世銀職員が世銀副総裁に任命された時にもらう給与に匹敵しますし、もちろん、税金はかかりませんし、しかも、二人とも、ウォルフォヴィッツの任期終了後も世銀に残ることを保証されている、というのですから呆れます。
 (2)愛人問題
 さて、総裁は離婚しており、何年にもわたって世銀の職員のリザ(Shaha Ali Riza)さん(チュニジア生まれで英国籍。ウォルフォヴィッツの総裁就任時には世銀の8年間勤続職員。彼女の写真は
http://www.nytimes.com/2007/04/13/world/13wolfowitz.html?hp
(4月13日アクセス))と愛人関係にありました。
 ところが世銀の内規で、愛人関係にある者双方が世銀に勤務することは禁じられています。
 総裁は当初、彼女を世銀にとどめることに固執したのですが、訴訟沙汰になりかねないと諭され、やむなく彼女を出向させることにします。
 そしてリザさんを、2005年9月に、そのキャリアの中断を補償するという趣旨で、132,660米ドルから193,590米ドルに昇給させた上、世銀がこの給与を負担する形で(日本の官庁隠語で言うと座布団付きで)米国務省に出向させたのです。
 ちなみに、この給与は、彼女の上司となったライス米国務長官の186,000米ドルを額面で上回っているだけでなく、世銀職員は外交官待遇なので、この給与には税金がかかりません。その上、リザさんが世銀に復帰する時には、昇給した給与額以上が保証されるだけでなく、出向期間が長期になった場合は、世銀人事当局とリザさんが同意したメンバーによって構成されるリザ業績評価パネルの審査を経て、彼女を世銀副総裁級のポストに昇任させることになっているというのです。
 この話もくすぶり続けていたのですが、3月にこの話がオープンになり、更に世銀の職員組合が、先だって、総裁が人事担当の副総裁にリザさんの昇給と補職について同意するように促した2005年8月11日付のメモをの内容を把握し、これを公表したことで、総裁の立場は一挙に苦しくなりました。
 総裁が、リザさんの昇給・出向については理事会や世銀倫理委員会の了解をとりつけていたと主張していたところ、理事会や倫理委員会は、具体的な昇給額については聞いていなかったことも明らかになりました。
 (3)総裁更迭の可能性
 
 総裁と世銀内部との亀裂が修復不可能なところまで来ていることについては、誰もが認めるところです。
 肝心の米国の対応はどうか。
 米財務省の国際問題担当次官は、コメントを控え、成り行きを見守る姿勢を打ち出していますが、ホワイトハウスの報道官は、ウォルフォヴィッツ総裁を全面的に支える意向を表明しており、やはり、ブッシュ政権はウォルフォヴィッツの更迭は認めないだろうと考えられています。
 米国以外の世銀理事国も、どこも米国に気兼ねして、表立って総裁更迭に動く気配はありません。
 その中で、英国のファイナンシャルタイムスが、総裁に辞職を求めている世銀職員組合の主張に賛成し、ウオルフォヴィッツが自発的に辞職しないのなら、世銀理事会が総裁を馘首すべきだ、という強硬な論陣を張っていることは注目されます。
3 所見
 英国のブレア政権は、債務国に厳しすぎるとして、ウォルフォヴィッツ総裁の腐敗撲滅方針への批判を一貫して行ってきており、昨年、英国の開発相は、英国の出資金5,000万米ドルの凍結を口にして世銀の方針変更を迫ったばかりです。
 つい最近も同開発相は、世銀は貧困対策に偏り過ぎており、今や環境対策に本格的に取り組む時が来ていると力説しました。
 残念ながら、世銀への二番目の拠出大国の日本からは、何の声も聞こえてきたためしがありません。
 ウォルフォヴィッツの例を見ても分かるように、できそこないのアングロサクソンである米国は、純正アングロサクソンの英国がかつて覇権国の地位から品位をもって静かに退いて行ったのとは違って、覇権国の地位から醜態を演じながら退き始めています。
 日本は、一刻も早く米国から独立し、英国と手を携えて米国を善導しつつ、自由・民主主義を掲げるアングロサクソン・日本連合を構築して、世界をリードして行くことが望まれるのです。