太田述正コラム#1754(2007.5.2)
<ブレア政権の10年(その1)>(2007.6.2公開)
1 始めに
 ブレア英首相が近日中に、辞任の日を明らかにする予定であることから、ガーディアンがブレア労働党政権の10年を総括する論説やコラムを次々に掲載しています。
 そのいくつかの論旨をご紹介しましょう。
2 辛辣な評価
 中には辛辣な評価をしているものもないわけではありません。
 一番辛辣なのは、ジェンキンス(Simon Jenkins)によるコラムです。
 彼は、ブレアの政策は、それまで英労働党の、所得税増税、労働組合の権利の回復、電気水道等の再国有化、国民医療制度(NIS)の公営の維持、核軍縮の追求、といった諸政策を擲ち、英保守党のサッチャー首相が1979年以降掲げたサッチャリズム(Thatcherism)を、コミュニティー(community)、リニューアル(renewal)、パートナーシップ(partnership)、社会的(social)、改革(reform)といった口当たりのよい言葉で韜晦しつつ、その実忠実に受け継いだだけだ、と切り捨てます。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,,2064849,00.html
(4月25日アクセス)による。)
3 称賛
 しかし、大部分の論説やコラムはブレアを称賛しています。
 まず、内政面から。
 ガーディアン系のオブザーバー紙の無記名論説は、ブレアには独自のイデオロギーがなく、サッチャリズムという借り物のイデオロギーをごまかして蹈襲しただけだ、という類の批判に対し、それこそ、ブレア政権の強みだ、と切り返します。
 ブレアは、イデオロギーなどくそくらえの、洞察力ある実用主義者(visionary pragmatist)であり、例えば、長期にわたった北アイルランド紛争をついに彼の手で解決できたのは、そのおかげだというのです。
 ブレアは、経済効率性と社会正義へのコミットメントを併せ追求し、各個人の自由を尊重しつつも全体のための団結も重視するとともに、グローバリゼーションを当然視しつつもそれがいかに主権国家の変革を要求するか、そしていかに左翼と右翼という古いドグマを無意味なものにするか、について注意を喚起してきたのであって、これらが当たり前の話だと思うとしたら、それはそうみんなが思うようにブレアがし向けたからであり、これらを全体としてブレア主義(Blairism)・・ただしイデオロギーではない!・・と呼んでもよいのではないか、とこの論説は指摘します。
 このブレア主義の10年の結果、英国は豊かになり、その豊かさが国民の間で相応に分配もされ、にもかかわらず、英国のグローバルな競争力は損なわれなかったし、英国は、活力ある市場経済と充実した福祉国家、経済的自由と社会的保護、をそれぞれ両立させながら確保することができた、というのです。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2068033,00.html
(4月30日アクセス)による。)
 次に対外政策面です。
 コラムニストのアッシュ(Timothy Garton Ash)は、対外政策面でのブレア主義は、グローバリゼーションの進展に伴う世界の各国や各地域の相互依存性の高まり、国際コミュニティーの成立、その論理的帰結としての対外政策と内政の一体化、を踏まえたところの、自由と平和の確保をめざす自由主義的介入主義(liberal interventionism)であると指摘します。
 この自由主義的介入主義の考え方に立って、ブレアは、英国内の左翼の反対にもかかわらず、米国政府との提携関係を深め、英国内の右翼の反対にもかかわらず、EUへのコミットメントを深めた結果、ブッシュ米政権の暴走をそれなりにチェックする役割を果たすことができたし、英国を事実上EUの盟主の地位につけることにも成功した、というわけです。
 それもこれも、人口6,000万人の中級国家であるにもかかわらず、ブレアが、軍事力をアフガニスタン、イラク、コソボ、シエラレオネに投入し、外交においては、アフリカの貧困問題や地球温暖化問題に取り組むとともに、世界のほとんどの主要な懸案、すなわち、スーダンやイランや世界貿易交渉といった懸案、に主要な当事国として関与するという、積極的な対外政策を展開してきたおかげである、というのです。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,,2065550,00.html  
(4月29日アクセス)による。)
(続く)