太田述正コラム#1853(2007.7.6)
<英国・パキスタン・イスラム過激派(続)>(2007.8.15公開)
1 始めに
今回の英国でのテロ事件に関し、医師がどうしてテロリストになったのか、という問題を扱った記事と、テロへの対処の仕方から浮き彫りになる英国とイラクの違いを扱った記事をご紹介し、最後に私の感想を加えましょう。
2 医師とテロ
今回の英国でのテロの容疑者8名のうち7名が医師ないし医師の卵であったことにショックをうけているむきもあるようだが、アルカーイダのナンバー2のアイマン・ザワヒリ(Ayman al-Zawahri。1951年~)(コラム#388)も、パレスティナ解放戦線(PLO)の最過激派であったPFLP創設者ジョージ・ハバシュ(George Habash。1926年~)も医師であったことからすれば、これは少しも驚くべきことではない。
一般にテロリストというと、貧しく恵まれていない人が洗脳されるかカネにつられてなるものというイメージがあるが、独立して行動できて暴力的行為を実施できる人間には高度な知性が必要なのだ。
正体を偽りつつ、治安当局の追及をかわして生き延びるためには頭が良くなければならない。だから、テロリストに往々にして医師がなるのだ。
そもそも、医師は怪しまれにくいし、英国のような国にも入り込み易い。
(以上、
http://www.taipeitimes.com/News/world/archives/2007/07/05/2003368189
(7月6日アクセス)による。)
3 ロンドンとバグダッドの違い
バグダッド、すなわちイラクでは年がら年中爆弾テロが起こり、しかもその「成功率」は極めて高いが、ロンドン、すなわち英国ではたまにしか起こらないのは不思議ではないとして、たまにおこる爆弾テロが今回のように2回とも失敗するなんてことになるのはどうしてなのだろうか。
まず、今回の英国でのテロはトウシロウによるテロだった。
何と、IRAの愛用した高性能爆薬セムテックス(Semtex)すら持っていないなかったのだ。
自動車爆弾は、どこにでもころがっているプロパン・ガスボンベとさび付いた釘(複数)だけでできていた。
しかも、そこらじゅう指紋等の証拠だらけだった。
おかげで、英国の警察は容疑者達を週末中に一網打尽にできたわけだ。
しかし、もっと重要なことがある。
英国のような開かれた社会はイラクのような社会より強靱だということだ。
ロンドンの爆弾を装着した自動車の一台が発見されたのは、たまたま通りかかった救急車の隊員が、その車のトランクから煙がしみ出ていたのに気がついて警察に通報したからだ。
また、もう一台の爆弾を装着した自動車が発見されたのは、この自動車が違法駐車をしていて、交通取締員がこれを駐車場まで牽引して行ったところ、ガソリンのにおいに気付いて警察に通報したからだ。
このように英国には、立派に機能している救急システムや交通取り締まりシステムがあり、これに携わっている人々が、何か変だと思うと警察に通報する程度の市民精神を持っていることは少しもめずらしいことではない。
これが、例えばバグダッドではそうはいかない。
違法駐車なんて誰も気にしないし、警察ときたら、賄賂をとったり地域の少数セクトの人間を迫害したりする存在であって、誰も関わり合いになりたいなどとは思わないからだ。
グラスゴーの例も見てみよう。
二人の男が車でターミナルビルにつっこんだ。
この時、警官に通りすがりの二人の市民が協力して、自分にガソリンをぶっかけた一人の犯人を地面に組み伏せた。
つまり、警察当局は必ずしもうまく立ち回ったわけではないのだが、市民の協力を得て結果的には犯人を取り押さえることができたわけだ。
こんなこともまた、イラクではまず考えられないことだ。
誰も警察に協力する気になるほど警察を信頼していないからだ。
(以上、
http://www.slate.com/id/2169614/
(7月3日アクセス)による。)
4 感想
イスラム過激派たる医師や医師の卵のテロ容疑者の話に接すると、1968~69年のあびのばかばかしい東大紛争(コラム#987)を引き起こしたのは医学部の左翼過激派であった(注1)ことを思い出します。
(注1)1968年1月29日に、東大医学部の学生がインターン制度に代わる登録医制度に反対し、無期限ストに突入したことが、きっかけとなった(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E7%B4%9B%E4%BA%89
。7月6日アクセス)。
そう言えば、1988~95年に様々な犯罪行為を繰り返したオウム真理教の幹部にも医師が何人かいましたね(注2)。
(注2)林郁夫は慶應医学部卒、中川智正は京都府立医科大医学部卒、富永昌宏は東大医学部卒(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%BA%95%E7%A7%80%E5%A4%AB
。7月6日アクセス)。
原理主義的宗教やイデオロギーの虜になっている頭の良い若者は、どうしようもありません。
幸いなことに、今のところはまだ、彼らの愚行からかろうじて社会を守れる程度には日本は成熟した開かれた社会であるようです。
しかし、日本における、このところの市民精神の劣化と警察や公安調査庁を含む官僚機構への信頼感の低下は目を覆わしめるものがあります。
このままでは、将来、第二のオウム真理教事件が発生した時、日本は適切な対応ができなくなるのではないか、と心配をしています。
英国・パキスタン・イスラム過激派(続)
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