太田述正コラム#1870(2007.7.17)
<ロシア外交官を追放した英国>(2007.8.26公開)
1 始めに
英国に帰化したロシアの元諜報機関員のリトヴィネンコ(Alexander Litvinenko)が昨年11月にポロニウムを用いて殺害された事件で、ロシア政府に被疑者の、やはり元諜報機関員のルゴヴォイ(Andrei Lugovoi)の引き渡しを求めていた英国政府は、ロシア政府が先週引き渡しを拒否したことに対し、諜報要員と目される在英ロシア大使館員4名の追放を決定しました。
また、英国政府は、ロシアの公務員で訪英しようとする者へのビザの条件を厳しくすることも発表しました。
これに対し、ロシア政府は、この英国政府の動きは「非道徳的で挑発的であり、両国関係に極めて深刻な結果をもたらすだろう」とし、「適切な対応措置をとる・・恐らくは英外交官の追放・・」という声明を発しました。
2 引き渡し要求した理由
ことここに至るまでの間に、ロシア政府は、ルゴヴォイをモスクワで裁判にかけてもよいと提案したのですが、英国政府は、ロシアの裁判所が行政府から独立しておらず、また裁判の質がEU的水準に達していないことからこの提案を拒否しました。
また、逆にロシア政府は、ロシアから英国に亡命した、百万長者のベレゾフスキー(Boris Berezovsky)とチェチェン独立派の駐英代表であるザカーエフ(Akmed Zakayev)の引き渡しを英国政府に求めたのですが、彼らの裁判は政治裁判になるに違いないとの判断から英国政府はこの要求を拒否しています。
英国政府としては、英国人となった人物が、ロシア政府が関与しなければ入手することが困難な放射性物質を用いて殺害され、しかもこの放射性物質によって無数の場所が汚染された事件を、その被疑者が特定できたのに放置しておくわけにはいかないというやむにやまれぬ思いから、ルゴヴォイの引き渡しを求めるに至ったものです。
なお、ロシア憲法は、ロシア人を外国政府の要求に応じて引き渡すことを禁じていますし、英国を含むEU加盟諸国も、かかる引き渡しを拒むことができることになっていますが、英国政府としては、本件の重要性にかんがみ、ロシア政府は憲法を改正してでもルゴヴォイを引き渡すべきであるという考えのようです。
3 今後どうなる
(1)既に悪化していた英露関係
昨年、英国とオランダの会社であるロイヤル・ダッチ・シェルがサハリン2の石油/天然ガス事業に持っていた過半数以上の権利をロシア国営のガスプロム(Gazprom)社に召し上げられ、ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)がコフィクタ(Kovykita)の天然ガス事業に持っていた権利も同じくガスプロムに召し上げられたことに対し、英国は不快な思いをしています。
また、同じく昨年、ロシア諜報機関は、英国の外交官達が諜報活動に従事したり密かにロシアのNGOに資金供与をしていると非難したけれど結局誰も追放にはならなかったという事件が起きています。
ロシアは、英国が米国と歩調を合わせていることにも不満たらたらです。
英国が米国とともに、もともとはロシアの勢力圏であったセルビアやイラクに介入したこと、米国がミサイル防衛システムをポーランドとチェコに設置しようとしておりそれを英国が支援していること等です。
先週末にロシアが欧州における兵力の配備を規制する条約からの脱退を宣言したのは上記ミサイル防衛システムに係る動きに対抗するのがねらいです。
そのロシアは英国と仏独等の間に楔を打ち込むことに腐心し、それに成功しつつあります。
ロシアは、中央アジアから石油や天然ガスをロシアを経由しないパイプラインで欧州に運ぶという計画をつぶした上で、ドイツとチェコにそれぞれ別個のパイプラインを通すことで合意し、先週にはフランスのエネルギー会社に北極圏の巨大な天然ガス田を開発する権利の25%を与える話がまとまりました。
ついには、あのゴルバチェフ(Mikhail Gorbachev)まで16日、「英国と米国はやり方が適切ではなかったことを早晩理解するだろう」と言い出す始末です。
(以上、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2127953,00.html、
http://commentisfree.guardian.co.uk/rodric_braithwaite/2007/07/radioactive_russia.html、
http://www.guardian.co.uk/russia/article/0,,2128085,00.html、
http://www.guardian.co.uk/russia/article/0,,2128132,00.html、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/6901847.stm
(いずれも7月17日アクセス)による。)
(2)今後どうなる
英国が毅然としているからこそ、英露関係は文字通り冬の時代を迎えるに至ったわけです。
それに引き替え、欧州諸国のだらしのなさはどうでしょうか。
いつまで経っても、非・自由民主主義的体制に甘い欧州の体質は変わらないようです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<太田>
読者とのやりとりを掲げます。
<田吾作>
「中共の欠陥食品問題」(コラム#1864)に関連してですが、食品問題は複雑な内容があり見かけほど簡単ではありません。
まず現実として原理的に見て安全な食品は存在しない事を認識する必要があります。
パラケルスス(Paracelsus)は
「・・有毒でないものとは何か。化学物質はすべて有毒であり、有毒でないものは皆無である。用量によってのみ薬であるか、毒であるかが決まる・・」
Paracelsus Dritte Defension(1538)
http://www.nickel-japan.com/isnickelsafe.pdf
と述べており、地球上に存在するすべての物質は化学物質の範疇に入りますので「安全な食品は存在しない」問題は「量」という事になります。
また最近の技術革新により物質を検査する精度が一万倍程度向上しています。
「技術革新が揺さぶる検疫、『フカヒレより高いエビチリ』が登場するカラクリ・・例えば残留農薬の検査では、検査機関が受託する検査精度は、既に ppmレベルを超え、ppb(10億分の1)単位に達している。さらに機器メーカーは、『検査精度は、測定値の10倍まで確保している』(島津製作所)と 明かす・・この事実を前に、もはや厳密な『検出せず』はあり得ない・・」
http://biztech.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf/CID/onair/biztech/print_biz/273175
人為的に「量」を決定する必要があるというわけです。
ところが人間の方にも事情があります。
「腸の生物多様性・・2004年1月22日号に載ったネイチャー誌ヨーロッパ通信員アリスン・アボット氏による特別記事・・食べものが人間の体に 影響を与えるのは、人間の消化管、それも食道や胃ではなく、腸である。人間が体内へ取りこんだ食物に体の細胞が触れ、食物に含まれた栄養を吸収するのはま ず腸においてである。それと同時に、その食物に含まれた悪いもの(毒物など)も、そのときはじめて人間の細胞に触れる。免疫的な反応もここでおこる。・・ 体によいかどうかがきまるのは、まず腸においてなのである。・・
・・人間の腸にはいろいろな腸内微生物が住んでいる。・・それぞれの微生物が互いに他の微生物と微妙に依存しあって生きているので、たまたま一つ の微生物が少し増えて自分にとっては不都合なある物質を作り出すと、それが他の微生物の食物となってこのものが増えはじめ、その影響が第三の微生物に及ぶ ということになり、ある一つのことの結果がどのように広がっていくか容易には予知できない・・
・・人間の腸内には何千という種類の微生物がいる・・人間全体を通じての研究の結果による・・一人の人の腸の中にはそれほど多種類がいるわけでは ない。せいぜい100種類の微生物が住んでいる程度・・人によってこの100種類がみな異なっている・・腸内微生物の種類組成が同じ人は二人といないとさ えいわれている・・住みつく可能性のある何千種類という微生物の中の100種類なので、それはほとんど重なりあっていない・・なぜこんなことになるのか? それは人間の腸内微生物の住みつく経過による・・
・・子宮の中の胎児の腸には、微生物はまったくいない。けれど胎児が子宮から産道を通って生まれてくるときに、急速にさまざまな微生物が新生児の 腸に住みつくようになる。そして、生後一か月のうちに、食物その他環境からの微生物が混じりこんできて、おそくとも生後二か月には、主だったものを中心に 100種類ほどのひと揃いの腸内微生物組成ができあがる・・このプロセスが人によって少しずつちがい、その後もその微生物間の関係や食物との関係、腸にお こるさまざまな病的・健康的変化などの動きの中で、その人その人の組成ができあがっていく・・」(セミたちと温暖化 / 日高 敏隆 P75-77(付けたり1)
さらに
「・・魚介類等には微量の水銀が含有され、食物連鎖の結果高レベルの水銀を含有する魚介類等の存在が知られているが、今回食物連鎖の上位にあるま ぐろ類及び鯨類から高濃度の水銀が検出されたことで、それが裏付けられた。・・」(日常食品中の水銀摂取量調査-魚介類の含有量実体を中心に-)
http://www.ihe.pref.miyagi.jp/STUDY/reports/2005/206.pdf
(上記よりの参考資料)単位はppm
めばちまぐろ 1.8 赤魚(冷凍)0.28 きす 0.22
きはだまぐろ 0.31 びんちょうまぐろ 1.2
我々が手軽に口に出来る野生食物である魚介類について結局下記のような現実があります。
「技術革新が揺さぶる検疫、『フカヒレより高いエビチリ』が登場するカラクリ・・安全性と経済合理性、そして食品間の整合性――。この3つの折り合いをどうつけるべきか。厚労省は難しい舵取りを迫られている。・・」(前述資料)
「もはや厳密な『検出せず』はあり得ない」ので人為的に基準を設定しなければなりませんが、人間の個人差は非常に大きいので基準量以下でも中毒の可能性があり、「厚労省は難しい舵取りを迫られている」ので次のような声明を出しています。
「水銀を含有する魚介類等の摂食に関する注意事項・・一部の魚介類等では食物連鎖により蓄積することにより、人の健康、特に胎児に影響を及ぼす恐 れがある高いレベルの水銀を含有している。・・妊娠している方又はその可能性のある方ついては、魚介類等の摂食について、次のことに注意することが望まし い。・・」
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/06/s0603-3.html
私の現在理解している範囲はこれ位です。現在の高齢者は自然毒物のみを含有した食糧を少しだけ食べる事のできた両親から、若年出産で誕生して身体 の主要部分を形成する幼少期にはまだ自然毒物だけの世界でしたので、体内蓄積毒物量はそう多くないと思われます。現在の子供は妊娠中に昔と比較すると高齢 な母親より蓄積された人口毒物を胎盤経由で受け継ぎ、出産後も食物連鎖により濃縮された人口毒物を含有した食品を食べ続けているわけですから、体内蓄積毒 物量は増えていると考えられ、健康に対する人間にはどうしようもない潜在的な脅威にさらされていると私は思います。
<太田>
蘊蓄を傾けていただき、大変勉強になりました。
ほかの皆さんも、コラムに対し、どしどしご意見やコメントをお寄せ下さい。
ロシア外交官を追放した英国
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