太田述正コラム#2025(2007.8.27)
<退行する米国(その5)>
 さて、いよいよ肝腎のガーディアンのコラムです。
 このコラムで、米国人のコラムニストが、ブッシュの演説中の日本に係る部分についてどんな批判をしているかをご紹介しましょう。
 「ブッシュは、「日本が降伏した後、多くの人は日本が民主主義へと変身することを助けるなどナイーブな発想だと思ったものだ・・」と・・語った。
 しかし、実際のところ、こんなことを当時の日本について本当に思っていた人がどれだけいたかは疑わしい。
 何人かが議論していたのは、米国にとって、日本が民主主義化することより、日本がソ連に対抗する信頼できる同盟国になることの方が重要だということであったに違いない。
 実際その通りだった。ティム・ワイナーの新しい本『灰の遺産』には、CIAの元東京支部長のホレイス・フェルドマン(Horace Feldman)が、「われわれは日本を占領時代に統治したが、占領が終わった後は異なったやり方で統治した。自民党が、米国のアジアにおける安全保障政策を蹈襲するのと引き替えに政治権力をほぼ独占できるようにした。」という証言が載っている。
 このような介入が行われたにもかかわらず、万事めでたいことに、日本は戦後の占領期を経て、自由民主主義の基本的骨組みが備わった形で立ち現れた。
 ところが、アジアのほかの所ではそううまくは行かなかった。
 台湾・韓国・フィリピンといった国々は親米軍事独裁政権の支配するところとなり、何十年も後に民衆の抗議運動の結果ようやく民主主義化した。
 私のこのような指摘は、米国の1940年代と1950年代のアジア政策を非難するという趣旨ではない。単に、<米国にとって>民主主義推進の優先順位がそれほど高くはなかったということを指摘しているだけだ。
 考えてもみよ。米国は日本(やドイツやイタリア)と民主主義建設のために戦ったわけではない。日本が米国領土に卑劣な攻撃をしかけたこと、ドイツがポーランドに侵攻したこと、そしてこの両国とも世界支配を目論んでいたこと、に対して連合諸国は第二次世界大戦を、基本的に防衛的措置として遂行したのだ。
 イラクといかに対照的かは明らかだ。
 それに、均質的で資源小国の日本と非均質的で石油大国のイラクとの違いも巨大だ。」
 このコラムは、一:真珠湾攻撃を卑劣な(sneak)攻撃と形容している、また、二:日米戦争を米国の防衛戦としている、更に、三:日本が戦前に既に民主主義国であったことに触れていない、そして、四:米国の対日占領政策が日本から戦争遂行能力と意思を奪うものから日本を「ソ連に対抗する信頼できる同盟国」にするものへと占領途中で変わったと正確に記していない、という4点はさておき、ニューヨークタイムスの記事よりは評価できます。
 このコラムニストを選んだ英ガーディアンの眼力に一応敬意を表しておきたいと思います。
 このコラムは投稿を募っており、その投稿の中に、若干ながら日本に関して不当なものもあったことから、既にご紹介したような投稿を私が行ったわけです。
 私の最初の投稿の仮訳は以下の通りです。
 「日本は第二次世界大戦(WW2)以前に既に活況を呈した経済を持つ自由民主主義的君主制国家だった。WW2の間も、普通選挙(ただし女性は含まれず)に立脚した議会が効果的に機能しており、行政と軍をチェックし続けた。(例えば、ゴードン・バーガーの Parties out of Power in Japan 1931-1941, Princeton University Press 1977参照のこと。)
 実際のところ、日本はナチスドイツとは180度違っていたのだ。
 このことが、かつて日本の植民地であったところの、韓国と台湾がやがて機能する自由民主主義体制を樹立でき、経済的繁栄すら達成することができた最大の理由なのだ。
 米国の植民地であったフィリピンが、いまだに機能する自由民主主義体制を樹立できず、経済的繁栄も達成できていないことは、極めて興味深いことだ。
 WW2は、東アジアのことを何も分かっていなかった人種差別主義の米国が、腐敗したファシストの中国国民党とスターリニストの中国共産党を支援したために、日本に押しつけられたものだ。
 その結果は大災厄以外のなにものでもなかった。
 例えば、台湾は中国国民党独裁によって過酷に統治されることになり、支那は天文学的な数の支那人を殺すことになる毛沢東によって統治されることになり、北朝鮮は残虐な金王朝によって統治されることになり、韓国は朝鮮戦争によって荒廃することになった。」
 これに対し、米国人とおぼしき投稿子から、私を最近日本ではやっている修正主義史観の持ち主だなとした上で私の指摘を非難し、日本よ原爆を食らってザマミロと締めくくった投稿があったので、私は以下の2番目の投稿(仮訳)をしたのです。
 「「民主主義」の建設は、占領した地域を深くかつ広く科学的方法で、先入観にとらわれることなく調査し、かつ現地住民の文化に敬意を払って初めて可能なのだ。これぞまさしく日本が台湾と朝鮮半島に関してやったことだ。
 もし英語になっているものがあれば、(前台湾総統の)李登輝の証言を読んで欲しい。 単に選挙を行うことは民主主義ではない。
 仮に日本によるフィリピンの占領が10数年に及び、かつ戦争に煩わされることがなかったとすれば、フィリピンは機能する民主主義国になりえていたかもしれない。
 時間と関心あらば、日本のフィリピン占領について勉強して欲しい。
 自由民主主義の日本とナチスドイツとの同盟は、米国と英国のスターリン主義のロシアとの同盟と同じく、便宜的同盟に他ならなかった。
 自由民主主義と帝国建設とは両立しうる。
 米国と英国は帝国を建設したが、それと同じことを日本もやったのだ。
 アングロサクソンと日本が生来的同盟関係にあることを考えると、上述したWW2の時の同盟関係は、歴史の逸脱であり悲劇以外のなにものでもなかった。
 原子爆弾による広島と長崎の破壊は、数十万の非軍人の殺戮であり、戦争犯罪に該当する。
 しかもこれは不必要な愚行だった。
 (ツヨシ・ハセガワのRacing The Enemy: Stalin, Truman, & the Surrender of Japan, Belknap/Harvard University Press, 2005 を参照されたい。)」
(続く)