太田述正コラム#2084(2007.9.25)
<新悪の枢軸をめぐって(続)>
1 始めに
 イランのアフマドネジャド(Mahmoud Ahmadi-Nejad。本稿中では「アフマ」と呼ぶ)大統領が国連総会出席のために訪れたニューヨークで9月24日、コロンビア大学を訪問し、講演を行ったこともあり、米国が彼についての話題で盛り上がっています。
2 コロンビア大学にて
 アフマが講演を始める前、コロンビア大学のボリンジャー(Lee Bollinger)学長が手厳しい紹介を行いました。
 すなわち、アフマ政府が批判者を弾圧し、バハイ(B’hai)教徒や同性愛者を迫害し、イスラエル国歌の破壊を口にし、イラクで米軍に対する代理戦争を遂行している、と述べた上で、「大統領閣下。あなたは賤しい狂った独裁者のように見える。」と続け、そのホロコースト否定論は「無学で無知な」馬鹿はだませるかも知れないが、「このような場所においては、あなたはまことに馬鹿げた人物に写ってしまう」のであって、「ひどく扇動的でないとすれば驚くほど教育程度が低い」のではないか、とまでこきおろしたのです。
 この間、アフマは笑みを浮かべ続け、その笑みを講演が始まってからも絶やすことはありませんでした。
 彼は、最初にまず、招待主によってこのような扱いを受けるなんてイランでは考えられないと苦情を呈し、学長の発言「侮辱」であり「遺憾至極なほど不正確」であると述べました。
 講演の中身は「哲学的」なものであったようで、省略しますが、講演終了後のアフマの応答の主なものをご紹介しておきましょう。
 
 アフマは、自分はホロコーストが全くなかったと言っているわけではないとし、ホロコーストについては、別の角度からも研究がなされなければならないと言っているのであって、欧州において、このような研究を行っている人々が処罰されていることは非難されるべきであるし、パレスティナの人々がホロコーストのように彼らが何も関わっていないことの対価を支払わせられるべきではない、と述べました。
 また、本当にイスラエルを破壊するつもりなのか、と問われたのに対し、直接答えず、パレスティナ人の自決の必要性に言及した上で、自分達はユダヤ人を含むあらゆる民族を愛しているのであって、現にイランで多数のユダヤ人が平和にして安全な生活を営んでいる、と述べました。
 コロンビア大学の国際・公共問題大学院の学長臨時代理のコーツワース(John H. Coatsworth)が、イエスかノーかで答えて欲しいと畳みかけると、アフマは、「表現の自由はどこに行ったのだ」とかわしました。
 更にアフマは、イランにおける同性愛者の処刑について問われ、「イランには米国におけるような同性愛者は存在しない。・・誰が皆さんに同性愛者がいると言ったのだ」と答えて失笑を買いました。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/09/24/AR2007092400168_pf.html
http://www.nytimes.com/2007/09/24/world/worldspecial/24cnd-iran.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print
(どちらも9月25日アクセス。以下同じ)による。)
3 アフマのアラブ世界とイランでの評判
 (1)始めに
 アフマは、9.11同時多発テロのターゲットとなった世界貿易センタービル跡地を訪問して犠牲者の追悼をすることを希望したけれど、警備上の理由でこれを断られ、コロンビア大学でも、以上のようにさんざんな目に遭ったのですが、彼のアラブ世界と自分の国イランでの評判はどうなのでしょうか。
 (2)アラブ世界での絶大な支持
 アフマの反米・反イスラエル的言動は、何と民族が異なり、しかもイランと違ってスンニ派が多数を占めるアラブ世界の大衆の間で拍手喝采されています。
 これは、どちらもイランの息がかかっているところのヒズボラやハマスのイスラエルへの抵抗がアラブ世界の大衆の間で拍手喝采されるのと同じ現象です。
 アフマ人気が特に高いのがエジプトです。
 エジプトの大衆には、米国の経済制裁にもかかわらずアフマが追求しているイランの核計画が、英仏の圧力にもかかわらず故ナセル大統領が追求したスエズ運河国有化とだぶって見えるのです。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-ahmadinejad24sep24,1,7323213,print.story?coll=la-headlines-world
による。)
 (3)イランにおける不評
 このようなアラブ世界の大衆のアフマへの拍手喝采に当惑しているのがイランの大方の国民です。
 アフマはその独断専行ぶりと経済面での失政により、イラン国内で不評を買っています。
 アフマが2005年に大統領に就任して以来、既に2人の閣僚と中央銀行総裁がアフマの独断専行ぶりを批判して辞任していますし、最高裁長官も同様の批判を行っています。
 また、アフマの公約である腐敗根絶と石油によって形成された富の再分配も、抵抗勢力によって全く実現していません。
 そのアフマが大統領の職にとどまっておられるのは、最高指導者・・国家元首でありかつ軍の最高司令官でもある・・のハメネイ師(Ayatollah Ali Khamenei)が彼を見捨てていないことと、彼が米国やイスラエルを挑発する発言を連発することで、アラブ大衆やイランの一部国民の目を眩ませているからだ、と言っても過言ではありません。
 ですから、イランの心ある人々は、そんな、イラン国内では完全に浮き上がってしまっているアフマの言動などに、一々欧米が過敏に反応して大仰な非難などしないで欲しいと願っているのです。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/09/24/world/middleeast/24iran.html?ref=world&pagewanted=print
による。)
4 終わりに
 アフマの言動は無視するとしても、中東における大国であるイランの動向は無視できません。
 核計画もさることながら、それ以外に懸念されることが二つあります。
 一つは、イランが国家の体をなしていないことです。
 上記のように、イランの国家運営についての責任の所在が不明確な上に、イランの中央政府が地方をコントロールし切れていない様子が窺えるからです。
 例えば、つい最近、タラバニ大統領が懸念していた(コラム#2080)イラクのクルド地区との国境の閉鎖をイランは断行しましたが、これは地方政府の判断で行われたようなのです。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq25sep25,0,1332947,print.story?coll=la-home-world
による)。
 もう一つは、イランの自由民主主義が一層後退しつつあることです。
 アフマが就任して以来、むしろ腐敗は増加しており、コネのある買い手に安く国有資産を払い下げることが横行するとともに、石油収入の国庫への納入の遅延が続いています。
 表現の自由への抑圧もひどくなってきており、若い人々を中心にジャーナリストに対しむやみに逮捕と拘留が行われるようになってきており、外国と接触のある学者やNGOに対する弾圧も次第にひどくなってきています。
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 (以上、
http://www.ft.com/cms/s/0/692acca6-6ad8-11dc-9410-0000779fd2ac.html
による。)
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 コラム#2085(2007.9.25)「ミャンマー動く(続)(その3)」のさわりの部分をご紹介しておきます。
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<その後の進展>
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 ・・の24日、ヤンゴンでのデモは、一般市民も加わり、10万人規模に膨れあがりました。
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 これに対し、軍部がついに脅しをかけ始めています。
 宗教相のトゥーラ・ミンマウン・・准将が国営ラジオで、抗議行動は「この国の平和・安定・前進を望まぬ破壊的分子」によって行われているとし、「宗教上の教えが彼らを押しとどめることができないのであれば、僧侶達の抗議行進に対してわれわれは法律に則って行動をとることになるだろう」と述べました。
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 米国はかねてよりミャンマー産品の全面輸入禁止措置をとってきていますが、ブッシュ大統領は25日の国連総会での演説の中で、軍事政権の指導者達の金融取引や彼らやその家族に対するビザ発給禁止といった追加的経済制裁を発表するとともに、他国にもミャンマーでの抗議活動への支援を呼びかける予定です。
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 しかし、一番ミャンマーの軍事政府への影響力を持っているのは隣国の中共です。
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 その中共は、米英を中心とする国連での対ミャンマーの動きを邪魔し、今年1月にも国連事務総長により積極的にミャンマーに取り組む権限を与える安保理決議にロシアとともに拒否権を発動しました。
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 だからといって、ことここに至って、中共はなお漫然と軍事政権への支援を続けるわけにはいきません。
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 軍事政権が、武力で僧侶達のデモを弾圧するようなことがあれば、天安門事件の前科のある中共が、軍事政権が同じことをするのに手を貸した、と国際世論が受け止めることが避けられないだけに、中共は何とかそんなことにならないように軍事政権に働きかけています。
 つい先だって、中共・・は、北京を訪問したミャンマーのニヤンウィン(Nyan Win)外相に対し、「中共はミャンマーがミャンマーにとって適切な民主的プロセスを推進することを心から願っている」と伝えています。
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 中共に次いで大きな影響力を持っているのは、やはりミャンマーの隣国であるインドです。
 インドも、ミャンマーとの経済関係と、ミャンマーとの国境地方における叛乱分子掃討のためのミャンマーとの協力関係を重視して、ミャンマーの人権問題や民主化の問題には目をつぶってきた経緯があります。
 そのインドも、国際世論の動向いかんによっては、姿勢を転換する可能性があるのです。
(一応完)