太田述正コラム#2059(2007.9.12)
<退行する米国(続)>(2007.10.13公開)
1 始めに
ブッシュ政権は、行政権一元化理論(Unitary Executive Theory)を信奉しているとされています。
これがいかなる理論であるか、ご説明しておきたいと思います。
2 行政権一元化理論
(1)行政権一元化理論
チェイニー副大統領は、フォード(Gerald Ford)大統領の33歳の幕僚長(chief of staff)であった頃、行政権に制約が多すぎるためにベトナム戦争の遂行や同戦争にからむ諜報活動に齟齬を来したと感じ、行政権強化の必要性に目覚めたとされています。
この行政権強化の要請に応える新憲法理論が行政権一元化理論であり、最初にこれを法理論化したのは、レーガン大統領の時の司法長官のミース(Edwin Meese)ですが、チェイニーの現在の補佐官であるアディントン(David Addington)や、カリフォルニア大学バークレー校の学者からブッシュ政権で司法省入りしたユー(John Yoo。司法省勤務:2001~2003年)や、後に最高裁判事にブッシュによって任命されることになるロバーツ(John Roberts。2005年9月から最高裁長官)とアリトー(Samuel Alito。2006年1月から最高裁判事)によって磨きをかけられました。
彼らは、大統領は、米議会の同意なしに戦争を行う、令状なしの捜索や監視活動を許可する、国際条約を恣に無視(abrogate)する、立法府または司法府が大統領の権限に課している制約のうちのどれをどの程度受け容れるかを決める、固有の権限を有すると信じています。
(2)理論の適用
ブッシュ政権は、この理論を拳々服膺しています。
まず総論的に言えば、同政権は、大統領権限の拡大に取り憑かれており、議会と調整することを厭い、専門家の意見を徴する前に結論を決めてかかる姿勢をとっていることが挙げられます。
ブッシュ政権と同じく危機の時代の政権であったリンカーン政権やフランクリン・ローズベルト政権の時とは違って、ブッシュ政権には、大統領大権への依存はあっても、法制化・調整・議論・謙譲的姿勢の採用・憲法的ないし国際的諸価値配慮の姿勢の表明、などは薬にしたくてもないのです。
各論的には、例えばブッシュ大統領が、2003年に、第4ジュネーブ条約(Fourth Geneva Convention)・・占領当局の義務と占領地非軍人の取り扱いについて規定・・が占領地のテロリストはこのジュネーブ条約によって保護されないという方針を打ち出したことが挙げられます。
(3)今後の展望
ブッシュ政権によって行政権一元化理論が採択され適用されたということが前例となり、たとえ次の政権が民主党政権になったとしても、この理論は生き続けることになるのではないか、という暗鬱な予想が米国の知識層の間でなされています。
(以上、
http://www.latimes.com/features/books/la-et-rutten7sep07,0,4405098,print.story?coll=la-books-headlines
(9月11日アクセス)、及び
http://www.nytimes.com/2007/09/11/books/11kaku.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(9月12日アクセス)による。)
3 感想
米国のブッシュ大統領によって、少なくとも安全保障面で大統領に独裁的権限を与えるに等しいところの、行政権一元化理論が採択され適用されるに至ったということは、、戦前の日本になぞらえて言えば、当時の公認学説たる天皇機関説に代わって昭和天皇によって天皇主権説が採用され適用されるに至ったに等しいゆゆしい事態(注)であり、このことについて、米議会が直接問題視していない上、米最高裁も長官以下この理論を信奉する者が増えていることは、米国がファシスト国家になりつつあるもう一つの有力な例証であると言えるでしょう。
(天皇機関説については、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%AA%AC
(9月12日アクセス)による。)
(注)天皇機関説の主唱者であった美濃部達吉東大教授は、不敬罪で告発されたが起訴猶予処分となり、しかも、肝腎の昭和天皇は一貫して天皇機関説信奉者であり続けたのであって、天皇主権説は、ついに天皇機関説に取って代わることはなかった。
退行する米国(続)
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