太田述正コラム#1768(2007.5.14)
<米国とは何か(続々)(特別編3)(その2)>(2007.11.15公開))
(2)米国も衰亡しつつあるのか
18世紀には、1776年から1788年にかけて、ギボン(Edward Gibbon。1737~94年)が『ローマ帝国衰亡史(History of the Decline and Fall of the Roman Empire)』を上梓した、それはキリスト教にローマ衰亡の主たる原因を求めたものだった(
http://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Gibbon(5月14日アクセス)も参照した(太田)。
19世紀に入ってからは、いかなる帝国も滅びる運命にあるという論調が出現した。
英国を代表する詩人の1人であるバイロン(George Gordon Byron。1788~1824年)は、その代表作の一つである’Childe Harold’s Pilgrimage’の中で、「教訓とすべきは、過去とおなじことが繰り返されるということだ。最初は自由、それから栄光?そこから転落が始まる。富・悪徳・腐敗?そして最後は野蛮へ。」と記している。
また、米国の画家のコール(Thomas Cole。1801~48年)は、「帝国の辿る道」と題するシリーズをものしたが、その中で、牧歌的な始まり、それから栄光の帝国的現在、そして最終的には廃墟と化した文明、を描いた。
ギボンにせよ、バイロンにせよ、コールにせよ、特段英国や、いわんや米国が没落するという予感の下でこんなことを書いたり描いたりしたわけでは必ずしもない(太田)。
しかし、最近の米国では、帝国的責任と帝国的野心溢れるところの米「帝国」の没落の予感が蔓延している。
確かに、ローマ帝国同様現在の米国も、軍が課せられた全ての任務を遂行するに必要な、そして強大な軍を維持するために必要な、ヒトもカネも意志も不足していることは問題だ。
果たして米「帝国」もローマ帝国同様衰亡してしまうのだろうか。
考慮すべきは、米国にはローマにはない強みがあることだ。
一つは、ローマのエリートは、ローマの大多数の人々の生活を向上させようなどとは考えなかったのに対し、米国の人々は自己改善が全ての人々の改善につながると信じていることだ。米「帝国」はこのように可能性の帝国であるという点で、秀れているのだ。
米国にはもう一つ、より重要な強みがある。
ローマは素晴らしい街道や下水溝をつくることができる熟練した技術者を有していた。しかし、実業家はもちろんのこと、発明家もさして人気はなかった。
要するにローマは、アイディアを貪欲に吸収はしても新たに生み出すことが少なかったのだ。 これに対し、米国ではビル・ゲイツ(Bill Gates)に対し、ローマ帝国の「暴君」皇帝カリグラ(Gaius Caesar Germanicus=(愛称)Caligula。12~41年)でさえ想像もできないほどのな富と権力を与えている。
3 私のコメント
私は、米「帝国」は、本当に帝国になった瞬間に衰亡過程に入る、と考えています。
米国が帝国化しつつある兆候は二つあります。
一つは共和主義の形骸化です。
かつて(コラム#1431で)私は次のように記しました。
「BC68年、(西側)世界で唯一の超大国であった共和制ローマは、地中海の海賊の襲撃をローマの外港であるオスティア・・に受けて、港は炎上し、執政官・・)直轄の艦隊は破壊され、著名な元老院議員2名がその護衛やスタッフともども誘拐された。これら海賊は緩やかな組織に過ぎなかったにもかかわらず、彼らが実態以上の恐怖感を市民に与えた点はアルカーイダによく似ている。事件そのものが似ているだけでない。この事件の結果、共和制ローマにおける、執政官は任期一年で二人選ばれ・・軍事司令官らの任期も限られ<ていて>何回も任期を繰り返すことは認められな<いといった>権力集中排除メカニズム・・は空洞化し、民主主義と自由主義は形骸化して行くのだが、同時多発テロの結果、米国にも同様の事態が進行しているのではないか。その例証が今回の、大統領に強大な権限を与え、米国の自由主義を形骸化させるところの、軍事権限法の制定だ。当時の共和制ローマでは、パニックに陥ったローマ市民達は、元老院を通じ、38歳のポンペイ・・をただ一人の海軍最高司令官に任命するとともに、彼に、すべての海、及び沿岸から50マイルまでの陸地の統制権を与えた。これは事実上、全ローマ領の統制権を与えたに等しかった。ポンペイは、500隻からなる艦隊を整備し、歩兵12万人・騎兵5,000人の大軍を擁して対海賊戦争を遂行することとし、このために必要な経費を支弁するため、共和制ローマの国庫はすべてポンペイにゆだねられた。かかる強大な権限をポンペイに与えたのはガビニア法・・だったが、この法律は、元老院内の貴族を中心とする手強い反対勢力を、元老院を取り囲んだ民衆が威圧することによってかろうじて制定されたものだ。こうして、ポンペイはわずかに3ヶ月で海賊退治に成功する。これはポンペイの軍事的才能の賜でもあったが、海賊の脅威が誇張されていたことは明らかだ。10年もたたないうちに、この時のことが先例となって、今度はシーザー・・がガリアに関する長期の軍事司令官権限と統制権限を与えられることになる。そしてガリアで大金持ちになったシーザーが、カネで票を買うことで次々に各種の選挙で自分の支持者を当選させた結果、共和制ローマの民主主義は形骸化していき、BC49年にシーザーはルビコン河を渡り、共和制ローマは帝政への道を転がり落ちていくことになる。
・・<他方、>米国で<2006年>9月28日に軍事権限法・・が上下両院を通過しました。この法律は、9.11同時多発テロ以降、対テロ戦争遂行のためと称してブッシュ大統領が法律によらずして実施して来た様々な人権侵害に係る措置に対し、米最高裁が憲法上の疑義を投げかけたこともあり、正式にこれら措置をとる権限を大統領に与えるものです。具体的には、テロ容疑者に関し、軍事裁判所・・に管轄権を与えて人身保護制度(Habeas Corpus)は適用せず・・裁判所に、拘束理由の開示を求めたり、釈放を求めたりすることを許さず、裁判を受ける権利も与えず・・、米国内で捜索令状なしに得られた証拠を有効とし、秘の証拠は被告に開示しなくてもよいこととし、大統領に米国内に合法的に居住する者を敵性戦闘員と認定する権限を与えるとともに、深刻な肉体的精神的苦痛を与えない範囲での強圧的手法による尋問を認める等ジュネーブ条約の適用緩和を図っています・・。」
もう一つは、キリスト教原理主義の浸透です。
生まれた頃のキリスト教はキリスト教原理主義であったと言ってもいいでしょう。
ギボンはそこにローマ衰亡の主たる原因を求めたわけですが、ローマにおけるキリスト教の浸透と帝政の成立はほとんど同時であったことを思い出してください。
私は、現在進行中の米国のキリスト教原理主義化(コラム#581、588~590)・・キリスト教の先祖返り・・は、米国が帝国化しつつある兆候である、と考えているのです。
(完)
米国とは何か(続々)(特別編3)(その2)
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