太田述正コラム#1776(2007.5.22)
<南北戦争後の米国>(2007.11.24公開)
1 始めに
Niftyのオンライン辞書をひくと、米国の金ピカの時代(Gilded Age。1873年にマーク・トゥエインが命名)について、「南北戦争後約30年間にわたる米国の好況時代」であると記されています。
これは全くの間違いとは言えませんが、いささか首をかしげざるを得ません。
それは同時に、ロックフェラー(John D. Rockefeller)、カーネギー(Andrew Carnegie)(コラム#1581、1575)、モルガン(J.P. Morgan)、グールド(Jay Gould)、やスコット(Scott。後述)らを揶揄して名付けられた泥棒貴族(robber baron)達の時代でもあったからです。
米国のジャーナリスト(The Atlantic Monthlyの編集者の一人)にして歴史家のビーティー(Jack Beatty)の新著、’ Age of Betrayal: The Triumph of Money in America, 1865 ~ 1900’の紹介を兼ね、もう少しこの時代を掘り下げてみましょう。
私は、米国の「本質」が浮き彫りになってくると思うのです。
(以下、特に断っていない限り
http://www.csmonitor.com/2007/0522/p16s01-bogn.htm、
http://www.nytimes.com/2007/04/18/arts/18grim.html?ei=5070&en=b74165922fa10f9a&ex=1179979200&pagewanted=print、
http://www.iht.com/articles/2007/04/18/style/bookven.php(上とほぼ同じもの)、
http://www.stltoday.com/stltoday/entertainment/reviews.nsf/book/story/DDE39AC1922069D1862572D2000A1DC8?OpenDocument、
http://www.usatoday.com/money/books/2007-04-29-book-betrayal_N.htm、
http://washingtontimes.com/functions/print.php?StoryID=20070519-101017-6923r
http://www.historywire.com/2007/04/book_alert_age_.html
(いずれも5月22日アクセス)による。)
2 金ピカの時代についてビーティーの指摘
当時のヘイズ(Rutherford Hayes。1822~93年)大統領(1877~81年)は、離任後、密かに、「これは、人民の人民による人民のための政府ではもはやない。これは企業(corporations)の企業による企業のための政府だ。」(注1)と記した。
(注1)前段は、言わずと知れたリンカーンの言葉の引用であり、後段は、社会改革家ヘンリー・ジョージ(Henry George)の言葉の引用だ。
この時代に米国では鉄道が急速に全米に普及した。
当時の鉄道会社の力は大変なものだった。
1850年代には80にも分かれていた米国の時間帯を現在の姿のすっきりしたものにしたのは連邦政府ならぬ鉄道会社だ。
連邦政府は、1億5,000万エーカー以上の土地を鉄道会社に供与し、この土地を元手に鉄道整備を促進させた。この過程で鉄道会社の関係者達と政治家達が大儲けをした。
例えば、当時世界最大の会社であったペンシルベニア鉄道のオーナーのスコット(Tom Alexander Scott。1823~81年)は、ヘイズを大統領へと押し上げる等、政治家連中に合法的非合法的に票やカネを提供し、その見返りに連邦補助金を含むありとあらゆる便宜供与を受けた。
そのスコットは、鉄道網が伸び、利潤が増えると逆に社員への給料を減額した。1877年に社員達が抗議のストを打つと、スコットは政治家達を使って軍を投入し、このストを粉砕した。
金ピカの時代は、南北戦争(1861~65年)において一旦確立されたかに見えた人種平等の精神が、再び踏みにじられた時代でもあった。
1877年に上記ヘイズ大統領が占領状態にあった南部から連邦軍を引き揚げてから状況は悪化していく。
黒人に対する暴力が頻発するようになるのだけれど、せっかく元黒人奴隷達を助けるために連邦憲法修正第14条及び第15条(注2)が導入されていたというのに、連邦政府がこれら憲法条項に基づいて黒人を保護するために介入する権限を、連邦最高裁は制限してしまったのだ。
(注2)修正第14条〔1868年確定〕:第1節 合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。またいかなる州も、正当な法の手続きによらないで、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない。・・第5節 連邦議会は、適当な法律の制定によって、本条の規定を施行する権限を有する。 修正第15条〔1870年確定〕:第1節 合衆国市民の投票権は、人種、体色または過去における労役の状態を理由として、合衆国または州によって拒否または制限されることはない。第2節 連邦議会は、適当な法律の規定によって、本条の規定を施行する権限を有する。(http://japan.usembassy.gov/j/amc/tamcj-071.html)
それと同時に、連邦最高裁は、カネは言論の一形態であるとして、修正憲法第14条のデュープロセス(正当な手続き)規定を企業に適用することを認めた(注3)。その結果、企業は連邦規制を受けないことになり、また、企業に苦しめられる市民を連邦政府が保護することも不可能にした。
(注3)1886年のSanta Clara County v. Southern Pacific Railroad ・・サンタクララはわがスタンフォード大学の隣の郡だし、サザンパシフィック鉄道は、この大学の創設者であるスタンフォード上院議員がオーナーだった(太田)・・の判決を、あるトウシロウの記者が、フィールド(Stephen J. Field)という一人の判事が判決書の中に書いた補足意見を文脈を無視して、判決そのものの趣旨として「誤報」し、この「誤報」が一人歩きして、それ以降各種法廷において引用されるようになった、というのが本当のところだ。金ピカの時代の最大の悪人は、このフィールド判事であったとあえて言いたい。
こうして、金ピカの時代に、米国の貧富の差は極端に拡大し(注4)、金持ちは贅沢三昧に暮らす一方で、貧者は想像を絶する惨めな状況に置かれた。
(注4)最も富んだ1%が富の26%を持ち、最も富んだ10%が富の72%を持っていた。
米国が、ほとんど違いのない二大政党によって仕切られるようになったのもこの時代であり、大衆は自分達の意見を政治に反映する手段を基本的に奪われた状態となった(注5)。
(注5)グールド(前出)は、「俺は、労働階級の半分を雇って残りの半分を殺させることだってできるさ」と嘯いたと伝えられる。
しかし、この金ピカの時代に、米国の産業化は大いに進展し、おかげで自由世界は第一次世界大戦に敗れずに済んだ可能性が高いし、第二次世界大戦に敗れずに済んだのは間違いなくそのおかげであることは皮肉な限りだ。
遺憾ながら現在、米国は再び金ピカの時代を迎えている。
最高裁に保守反動派の権化のスカリア(Antonin Scalia)判事あり、行政府にブッシュの軍師の悪漢ローブ(Karl Rove)あり・・。
3 感想
イラクの泥沼化と米「帝国」衰亡の予感から、米国の知識人が、いかに深刻な自省モードに入っているかが、ビーティーのこの本からも分かりますね。
しかし、ビーティは触れていませんが、独占禁止法制や労働保護法制の整備、州際通商委員会(Interstate Commerce Commission)の設置に始まる企業規制法制の整備、民主党の反市民権政党から親黒人政党への大転換、ロックフェラーやカーネギーによる慈善事業の展開(コラム#1575)等、米国は金ピカの時代の悪弊を自ら一定程度是正してきたこともわれわれは押さえておく必要があります。
ただ、私は、米国の始まりがジェームスタウンであったこと(コラム#1763)を思い起こせば、金ピカの時代は、米国の「本質」が過剰に露出した時代に過ぎなかったのであって、基本的に米国の人々は、常に金ピカ的な時代を生きてきたのである、と考えています。
問題は、米国のビーティら知識人が、そこまで徹底して米国の国の在り方を反省していないところにあります。
第二次世界大戦が、自由世界と反自由世界の戦いであった、という史観を、少なくとも対日戦に関しては克服することなくして、それは不可能であるということを、ここで再度強調させてください。
南北戦争後の米国
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この文章を読んでいますと,太田さんがアメリカに対して,強い親近感と期待をお持ちであると感じます。
私は,とてもそこまでの期待は持てません。
アメリカが先の大戦の戦勝国としての立場から,ほんの少しでも離れることは,あり得ないことと思います。
帝国が滅びることになっても,全ての既得権を,死守しようとするでしょう。
かつて大英帝国が,ブロック経済政策に踏み切って,大恐慌の引き金を引いたように。