太田述正コラム#2378(2008.2.21)
<パキスタン議会選挙(その2)>(2008.4.4公開)
 まだ、272議席中261議席しか確定していませんが、野党のブットのPPPが87議席、同じく野党のシャリフのPML-Nが67議席、与党のムシャラフのPML-Qが38議席を獲得し、残りの議席を小党派が占めました。
 PML-Qは2002年の選挙では342議席中118議席を占めていたのですから大敗北であり、しかも有力者がことごとくと言ってよいほど落選しました。
 また、PML-Nは、幹部の多くが以前海外追放ないし逃亡中であり、選挙準備が整っていなかったことを考えると、大健闘をしたことになります。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-pakistan20feb20,1,1343209.story
http://www.guardian.co.uk/world/2008/feb/20/pakistan
(どちらも2月21日アクセス)による。)
 特筆すべき第一は、イスラム諸政党の没落です。
 2002年にはイスラム6政党の連合体が10%以上の票を獲得して、総議席342中60議席を以上を占めたのですが、今回の選挙では272議席中5議席しかとれず、この連合体の代表さえ議席を失ったのです。
 (以上、
http://www.slate.com/id/2184691/  
(2月20日アクセス)による。)
 これは、イスラム過激派との関係、ムシャラフとのなれ合い、腐敗、そして内部抗争に有権者が愛想を尽かしたことによると考えられています。
 その代わりにこれまでのイスラム諸政党の牙城、パシュトン人居住区の北西辺境州(North-West Frontier Province)で躍進したのがアワミ国民党(Awami National Party =ANP)です。
 特筆すべき第二は、これまで最高の12人の女性議員が直接選挙で当選したことです。(このほか間接投票で選ばれる女性議員指定席がある。)
 (以上、
http://commentisfree.guardian.co.uk/hassan_abbas/2008/02/a_clear_verdict.html
(2月20日アクセス)による。)
 ここで二大野党の支持者の違いに触れておきましょう。
 PPPの支持者の典型像は、田舎に住み、恭順で伝統主義的で穏健なナショナリストで信奉するイスラム教は古いスーフィ的な色彩が強い、というものです。
 このような支持者はどんどん減っており、このままだとPPPは南のシンド州の田舎の貧しい住民の地方政党になってしまいかねないと噂されています。
 一方、PML-Nの支持者の典型像は、都会に住み、中産階級の下の方で、比較的教育程度が高く、強いナショナリストで信奉するイスラム教は現代的で穏健なものです。そして、インド映画を好み、政治的に特別意識が高いわけではなく、エリートの話す英語ではなくウルドゥー語かパンジャブ語を話し、地方紙を読み衛星TVを視聴しています。その数は次第に増えつつあり、またその生活水準はこのところ顕著に向上してきています。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/world/2008/feb/19/pakistan.benazirbhutto1
(2月20日アクセス)による。
 さて、今後どうなるかですが、PPPとPML-Nが手を組めば、間接選挙で女性に割り当てられる議席を含めて議席の60%程度を占めるであろうことから、過半数を大きく上回り、政権を樹立し首相を出すことができます。
 (ちなみに、今回の選挙にPPPの共同党首であるザルダリは立候補しませんでしたし、PML-N党首のシャリフは腐敗容疑による欠格のため立候補ができませんでした。パキスタンの首相になるためには議員である必要はありませんが、ザルダリは首相になるつもりはないと表明しました。シャリフはやはり欠格のため首相にはなれません。)
 しかし、ムシャラフ大統領を弾劾するために必要な三分の二議席を確保するためには更に弱小政党を結集しなければならず、これが可能かどうかは疑問です。
 PPPは、PML-Nが、最も人口が多く重要なパンジャブ州の議会選挙でも多数を獲得しているだけに、安定的な政権を樹立するためにはなおさらPML-Nに連携を申し入れざるを得ないという事情がありますが、後者が連携を拒否する可能性も皆無ではありません。
 というのも、両党の間には2点、微妙な対立点があるからです。
 その第一はムシャラフ大統領に対するスタンスです。
 PPPは、故ブット女史がムシャラフと連携に向けての話し合いを続けていたという経緯もあり、ムシャラフとの協力の可能性を排除していないのに対し、PML-N党首のシャリフは、1999年に自分を首相の座から追放したムシャラフとの協力など論外であると考えています。
 ちなみに、ムシャラフ大統領は現時点で自ら退任する意思は全くないと述べているところです。
 その第二は、ムシャラフが昨年解雇した最高裁判事達の復権の問題です。
 PML-Nは復権を主張しているのに対し、PPPの方は共同党首であるザルダリが、判事達を復権させると、ムシャラフが自分と妻の故ブット女史に与えた腐敗嫌疑に係る恩赦が取り消されるのではないかとの不安を抱えているのです。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2008/02/21/world/asia/21pstan.html?ref=world&pagewanted=print
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-pakistan21feb21,1,1825073,print.story
(どちらも2月21日アクセス)による。)
4 終わりに
 イスラム世界において、比較的公正な選挙が行われ、イスラム諸政党の没落がもたらされたことは、まことに心強いニュースであると言えるでしょう。
 この選挙の実施を決め、この選挙の管理をしたのはムシャラフです。
 しかも、今年に入ってから、昨年ムシャラフが陸軍参謀長の後継に任命した新参謀長が、私に言わせればムシャラフの意向を受けて、軍人の一般官庁等からの総引き揚げを宣言した(
http://www.csmonitor.com/2008/0221/p08s01-comv.htm
。2月21日アクセス)ことは、軍部の政治関与というパキスタンの宿痾の是正という観点から画期的なことであり、権力掌握後のパキスタンの経済発展と相まって、後世の歴史家はムシャラフをパキスタンの政治的経済的離陸をもたらした中興の祖として高く評価することになると私は確信ています。
(完)