太田述正コラム#2410(2008.3.8)
<先の大戦正戦論から脱する米国?(その1)>(2008.4.14公開)
1 始めに
米国のベストセラー作家のベーカー(Nicholson Baker。1957年~)の第二次世界大戦についてのノンフィクション’Human Smoke–The Beginnings of World War II, the End of Civilization’が米国に衝撃を与え始めています。
第二次世界大戦が米国や英国にとって正戦であったという通念に真っ向から挑戦を試みた作品だからです。
まず、この作品の概要をご説明した上で、私のコメントを付したいと思います。
(以下、
http://www.latimes.com/features/books/la-bk-kurlansky9mar09,0,4405178,print.story、
http://www.veryshortlist.com/vsl/daily.cfm/review/395/Book/human-smoke-nicholson-baker/、
http://www.nytimes.com/2008/03/04/books/04bake.html?ei=5088&en=bfc19459af626218&ex=1362546000&partner=rssnyt&emc=rss&pagewanted=print、
http://online.wsj.com/article/SB120481455326416671.html?mod=2_1167_1
(いずれも3月8日アクセス)による。)
2 ベーカー本の概要
(1)総論
第二次世界大戦についての神話は、近代史における巨大な、かつ最も巧妙につくられたウソだ。この神話によれば、英米の政治家達はドイツのヒットラーや日本の東條のような暴虐なファシストと対話ができるとナイーブにも思いこんでいたが、ヒットラーと東條は英米のこの弱さを奇貨として世界を征服しようとしたので、米国と英国はこれを押し止めるために軍事力を行使せざるをえなくなったということになっている。
しかし実際には、英米の指導者達が頑迷にも、ファシズムより共産主義に反対し、かつ武器輸出に執着し、好戦的であったがゆえに世界は戦争へと誘われたのだ。
(2)ドイツに対して
具体的に、ドイツに対してはどうだったのだろうか。
反ユダヤ主義は英米でも猛威を振るっていた。
フランクリン・ローズベルトは、ニューヨークの検事であった1922年、ハーバード大学の新入生の三分の一がユダヤ人であることを知り同大学の顧問団(Harvard Board of Overseers)の一員としての影響力を行使して、毎年ユダヤ人入学枠を1~2%減じて何年間かでユダヤ人新入生を15%まで減らすことにさせた。また、彼は欧州のユダヤ人を助けることに反対を続け、1939年になっても、米議会が起草した、ユダヤ人の子供達を救うためのワグナー・ロジャース(Wagner-Rogers)法案の採択を妨害した。
チャーチルも再々反ユダヤ人的言辞を弄している(注)。
(注)しかし、これはチャーチル流韜晦であったことを、以前コラム#2301、2303、2305、2307、2309で指摘したところだ。(太田)
しかも、チャーチルは決して反ファシズムではなかった。
彼の1937年の著書「偉大な現代人達(Great Contemporaries)」の中で、ヒットラーを「極めて有能にして、冷静で事情に精通した行儀の良い子役人だ」と評している。他方、同じ本の中でレオン・トロッツキーに対しては激しく攻撃している。また、ムッソリーニについては、その柔和で素朴な挙動を何度も誉めている。そして1927年には、ローマ市民達の聴衆の前で、「もし私がイタリア人だったら、レーニン主義の獣のような貪欲と野望に対する皆さんの成功裏な戦いの最初から最後まで私は完全に加わっていたことだろう」と述べている。
チャーチルは、ファシズムをロシア・ウィルスに対する不可欠な解毒剤とみなしていた。彼は1938年に、記者に対して、英国が戦争に負けるようなことがあった場合は、ヒットラーが我々を諸国の間の正当な地位に連れ戻してくれることを希望していると語っている。
それ以外の指導者はどうだろうか。
第一次世界大戦中の米国の首相であったロイド・ジョージ(David Lloyd George)は、ヒットラーが権力を掌握した1933年に、「仮にわれわれがナチズムをを打倒できたとして何がそれに取って代わるだろうか。極端な共産主義だ。だから我々はそんなことをすべきではない」と語っている。
もう一つ。
1930年代を通じて米国産業界はドイツに、武器を始めとするありとあらゆるものの輸出を続けた。これに負けじと英国とフランスはヒットラーに戦車や爆撃機を売った。米国ユダ人議会(American Jewish Congress)のテネンバウム(Joseph Tenenbaum)による、ドイツ排斥要請は無視された。ナイーブだからではなく、貿易上の利益のために、ヒットラーを封じ込め、孤立させ、妨害し、あるいは打倒する試みはなされなかったのだ。大恐慌の時代であったこともあり、ヒットラーを打倒しようとするドイツ人達の動きはあったけれど、米国と英国の政府及び産業界は、そのような動きをむしろ妨げたのだ。
(3)日本に対して
それでは、日本に対してはどうだったのだろうか。
(続く)
先の大戦正戦論から脱する米国?(その1)
- 公開日:
>第二次世界大戦についてのノンフィクション’Human Smoke–The Beginnings of World War II, the End of Civilization’が米国に衝撃を与え始めています。
太田様が翻訳して出版していただけると…