太田述正コラム#2112(2007.10.8)
<完全なスパイ(その2)>(2008.4.20公開)
3 オーストリア人
(1)スパイとしての業績
次に、第二次世界大戦当時に、ドイツの科学雑誌Springer Verlagの記者をしながら、英国のスパイを務めたロスバウト(Paul Rosbaud。1896(オーストリア)~1963年(英国))博士の話です。
第一次世界大戦で兵役を務め、終戦後英軍の捕虜となって英国大好き人間になったロスバウトは、ユダヤ人女性と結婚したこともあってナチスが嫌いであり、1938年にこの妻と娘を英国に避難させた後、自ら英国のスパイになる決意をしてドイツにとどまります。
彼は、ユダヤ人達の亡命を助けましたが、その中には、スウェーデンに亡命させたオーストリアのユダヤ人女性物理学者でベルリンのカイザー・ヴィルヘルム研究所(後のマックス・プランク研究所)の核物理学部門の長をしていたミートナー(Lise Mietner。1878~1968年)もいます。
ロスバウトは、その人間的魅力と科学記者としての仕事から、ドイツの科学界に友人知人が多く、英国にナチスドイツの科学技術に関する高度な情報を幅広く伝えました。
例えば、彼は1939年1月に自ら科学雑誌「自然科学(Naturwissenschaften)」を立ち上げ、この雑誌にオットー・ハーン(Otto Hahn。1879~1968年)(注1)の核分裂に関する論文を掲載することで、ナチスドイツが核兵器を開発する可能性があることを英米の物理学者達に気付かせようとしました。
(注1)核化学の父と称される人物であり、1944年にノーベル化学賞を受賞した(
http://en.wikipedia.org/wiki/Otto_Hahn
。10月8日アクセス)。
この論文を見たアインシュタイン(Albert Einstein)がローズベルト米大統領にこの懸念をしたためた手紙を送ったことで、ロスバウトの目論見は成功します。
その後1939年の夏に、今度は彼は、科学者達のサボタージュにあってナチスドイツの核兵器開発計画が進捗していないという情報を英国に伝える(
http://www.nybooks.com/articles/13872
。10月8日アクセス)(注2)のです。
(注2)しかし、英国はこの情報を米国には伝えなかった!
このほか彼は、ナチスドイツのジェット機やレーダーやV1とV2ロケットについての情報も英国に伝えています。
(2)その他
1986年にクラミッシュ(Arnold Kramish)という人が’TITLEThe Griffin: Paul Rosbaud and the Nazi Atomic Bomb That Never Was’という、ロスバウトの伝記を上梓しており(
http://alsos.wlu.edu/information.aspx?id=243&search=Rosbaud,+Paul+
。10月8日アクセス)、その邦訳『暗号名グリフィン―第二次大戦の最も偉大なスパイ』(新潮文庫 1992年)(注3)も出ているので、ロスバウトについて既にご存じだった方もおられるかもしれません。
(注3)ワシの頭と翼、獅子の体を持つ怪物(エクシード英和辞典)。
ところで、この本では、ロスバウトは、ナチスドイツの電撃戦(Blitzkrieg)やUボート作戦について詳細に記したオスロ・レポートの作者でもあると記されているのですが、どうやらそれは誤りであることがその後分かってきました(ウィキペディア前掲)。
ことほどさように、ロスバウトの事跡についてはまだ全貌は明らかになっていないのです。
というのは、英国の対外諜報機関であるMI6・・正式名称は秘密諜報機関(Secret Intelligence Service =SIS)・・が、1992年に打ち出された英政府方針に従い、ロスバウトに関する資料を含め、MI6に係る一切の資料の公開を拒んでいるからです。
これに対し、ロスバウトの甥が情報公開を求めて裁判を起こし、9月21日に、ブレア前英首相夫人であるチェリー・ブース(Cherie Booth)弁護士(QC)が代理人として熱弁をふるったため、話題を呼びました。
なお、ロスバウトは、終戦後、ロンドンにやってきて、もう一人の人物(英国人)と科学出版社であるペルガモン・プレス(Pergamon Press)を立ち上げ、亡くなるまで英国で過ごすのです。
(以上、特に断っていない限り
http://www.guardian.co.uk/secondworldwar/story/0,,2174648,00.html
(9月22日アクセス)、
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Rosbaud、
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article1756081.ece
(どちらも10月8日アクセス)による。)
4 感想
完全なスパイとでも言うべき二人の事跡に接し、どんな感想を持たれたでしょうか。
有能なスパイは人格、知性とも一流でないと務まらないということがよく分かりますね。
それにしても、こんな有能なスパイを確保できる国はうらやましいですね。
完全なスパイ(その2)
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