太田述正コラム#2507(2008.4.25)
<先の大戦正戦論から脱する米国?(続x3)>
1 先の大戦に係るライト師のまっとうな説教
オバマの所属している教会の前主宰者のライト(Wright)師は、次のような説教をしたことがあるとして、オバマ批判の材料にされています。
一、「米国政府は彼ら(黒人達)にヤクを与え、よりでかいムショをつくり、3回重罪加重懲役法(three-strike law)を成立させたくせに、われわれ(黒人)に「神よ米国に祝福を(God bless America)」と唱わせようとする。とんでもないことだ。こんなことをする国に対しては聖書は「神よ米国に断罪を(God damn America)」と唱えよと教えている。わが市民(黒人)達を人間以下に扱っている米国に神よ断罪を。自分があたかも神であるかのように、かつ至上の存在であるかのようにふるまっている米国に神よ断罪を。」
二、「米国政府は意図的にエイズが蔓延するように図ってきた。」
三、(9.11同時多発テロ直後に、)「われわれは広島に原爆を落とした。長崎に原爆を落とした。そしてこのたびのニューヨークとペンタゴンで殺された数千人よりもはるかに沢山の人々を殺害した。それなのにこのことに我々はずっと口を拭っている(we never batted an eye)」
(以上、
http://www.guardian.co.uk/world/2008/apr/25/barackobama.uselections2008、
http://blog.washingtonpost.com/the-trail/2008/04/24/rev_wright_in_pbs_interview_de.html?hpid=topnews
(4月25日アクセス。以下同じ)による。)
この三つの説教のうち、最後のものが米国で最も評判が悪いらしいのですが、日本人の立場からすれば、よくぞ言ってくれたと拍手喝采したいくらいです。
さて、この際、ライトの一番目の説教について補足しておきましょう。
米国では、多くの州が、麻薬としての毒性にほとんど違いのない高純度コカイン(crack Cocine)の所持を粉末コカイン(powder cocaine)の所持よりはるかに重く罰することとしていた(これをcrack/cocaine disparityと呼ぶ)こともあずかって、2002年のデータで、高純度コカイン保持で有罪となった者の85%は(貧しい都市部の)黒人です。
(コネチカット州の例で言うと、刑務所に収容されている者の25%近くはヤク関係の罪を犯した者であり、州人口の3%しか占めていない黒人が刑務所収容者の47%を占めています。)
そして黒人の逮捕率、起訴率、有罪率、更には刑期は白人よりはるかに高く、黒人男性の32%は生涯に一度以上刑務所に収容される勘定であるのに対し、白人男性は5.9%に過ぎません。
この結果、黒人の選挙権喪失者、失業者、奨学金受給欠格者等の割合は極めて高くなっているのです。
(以上、
http://www.slate.com/blogs/blogs/convictions/default.aspx、
http://www.drugpolicy.org/statebystate/connecticut/crackcocaine/
による。)
いくら黒人の平均IQが低いとはいえ、米国政府や米国の各州が、黒人達がヤクに手を出さないような予防措置を十分講じ、中毒者のリハビリに努め、そして何よりも黒人に対する米国の構造的差別の解消に配意しておれば、こんなことにはならないはずだ、というのがライト師の言いたいことなのでしょう。
つまり、このライトの説教もまっとうだと思いませんか。
となれば恐らく、二番目の説教だってまっとうであるに相違ありません。
むろん、最後の説教などは極めつきにまっとうなのです。
2 英国で先の大戦に係る論議始まる
米国の売れっ子純文学者のベーカー(Nicholson Baker)が著書’Human Smoke’で行ったところの、先の大戦もまた英米にとって正戦と言えたような代物ではない、という問題提起(コラム#2410、2412)が、ついにまだこの本が発売されていない(5月発売)英国でも論議に火をつけました。
雑誌や新聞の編集者である英国人ウィルビー(Peter Wilby)が英ガーディアン紙に以下のような趣旨のコラムを寄せたのです。
ベーカーが戦争反対論者(pacifist)を持ち上げているのはいかがなものか。(ここは私と同意見(太田)。)
しかし、この本は、先の大戦を英米が人道的ないし民主主義的目的で戦ったわけではないことを思い起こさせる。
英国は、昔から欧州において戦ってきた目的と同じ目的、つまりは欧州大陸を単一の国家が支配することを防止する目的、でナチスドイツと戦ったのだ。米国もまた、太平洋における強力な競争相手の更なる強大化を防止するために日本と戦っただけのことだ。
いずれにせよ、ベーカーが、先の大戦が果たしてポーランドやユダヤ人を救うために役立ったかと問いかけているのは、誤った問いかけだ。というのは、英米は誰かを救うために先の大戦を戦ったわけではなく、単に英米は、それぞれの外交政策の手段として戦ったに過ぎないからだ。
1938年にはドイツに侵攻されたチェコスロバキアは放置されたが、1939年にはポーランドを「救う」べく英国はドイツに宣戦を布告した。
しかし、先の大戦が終わった時点で、放置された方の国民は10万人も死亡しなかったのに対し、「救い」の手を差しのばされた方の国民は650万人もの死亡者を出した。
一体どちらの方が幸せだったのだろう。しかも、ようやくのことでヒットラーから解放された両国は戦後どちらも英米によってスターリンに譲り渡されたときている。
英米が先の大戦をヒットラーのユダヤ人絶滅政策に抗するために戦ったなどというのは後付のウソだ。
1942年12月までには、ヒットラーがドイツ占領下の欧州のユダヤ人を絶滅させようとしていることは明らかになっていた。同月、米国ユダヤ人会議(American Jewish Congress)の会長であるラビのワイズ(Stephen Wise)はローズベルト米大統領に、このヒットラーの計画を20頁の冊子にしたためて提出した。英議会はこの計画を聞かされた時、1分間の黙祷を捧げた。しかし米国でも英国でも、ユダヤ人を救うにはどうしたらよいか数分も考えることはなかった。
仮に先の大戦が無ければホロコーストが起こらなかったかどうかは誰にも分からないが、フランスがドイツに降伏した1940年の時点で英国がドイツと講和をしておれば、ユダヤ人達はマダガスカルに送られた可能性が高い、とだけは言える。
大戦が始まってからは、大量のユダヤ人を輸送するとその中にドイツのスパイが混入する懼れがあったし、石油確保の重要性に鑑みれば、アラブの地にユダヤ人を送り込むことはできなかった。また、ユダヤ人とドイツ兵捕虜を交換することは英米側の弱さの表れと受け止められる懼れがあったし、そもそも、英米がヒットラーの欧州からユダヤ人を一掃する目論見に協力するいわれもなかった。
結局、1944年に外相のイーデン(Anthony Eden)が語ったように、われわれは「ドイツ政府がこの不幸な人々を絶滅させることを思いとどまるよう希望する」ことしかできなかったのだ。
一度先の大戦が始まるや、われわれもドイツも同じ道徳的次元に立った。
ベーカーが記すように、一般住民に対する夜間爆撃を始めたのはドイツ側ではなく英国側であったし、チャーチルは占領下の欧州に食糧援助を行うことを認めなかった。また、戦争末期には、イーデンは、その多くが射殺されるであろうことを熟知しながら、ドイツ占領地域で発見されたロシア人をソ連に送還せよとのソ連の要求を飲んだ。
(以上、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/apr/25/foreignpolicy.iraq
による。)
3 感想
米国において、原爆投下についてライト師が説教であのように語ったこと、そしてこのライトにオバマ候補が私淑していることをわれわれは決して忘れないようにしましょう。
また、英国において、先の大戦についてウィルビーがこのように記したことにも注目しましょう。
ここまで来れば、後はわれわれ日本人の出番です。
ナチスドイツのホロコーストに相当する蛮行を戦前の日本帝国が犯さなかっただけではありません。
共産主義ソ連と戦って勢力の拡大を図ったファシズムのナチスドイツと違って、日本帝国は自由民主主義国家として支那の体制変革のため、ファシズムの中国国民党及び共産主義の中国共産党と戦った、ということを機会あるごとに心ある日本人は、機会あるごとに、英米の人々に対して訴えるべきでしょう。
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太田述正コラム#2508(2008.4.25)
<ロシアの体制(その3)>
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