太田述正コラム#2444(2008.3.24)
<イギリスと欧州・日本と米国(その1)>(2008.4.30公開)
1 始めに
 今回は、まだきちんと検証していない憾みはあるのですが、歴史の大きな変化にわれわれは遭遇しているのではないか、という問題提起をしたいと思います。
 一つはイギリスと欧州の関係、そしてもう一つは日本と米国の関係における歴史の大きな変化です。
2 イギリスと欧州の融合?
 元米クリスチャンサイエンスモニター紙特派員の、英国(イギリス?)のライターにして歴史家であるウェッブ(Stephen Webbe)が、同紙に次のような論考を寄せています。
 「・・この冬、EU加盟27か国はリスボン条約に調印した。・・このリスボン条約は事実上、欧州という「国家」の憲法なのだ。より露骨に言えば、これは2005年にフランスとオランダの国民投票において拒否されたEU憲法を巧妙に模様替えした代物なのだ。・・3月11日、この条約を批准する法案が英下院を通過した。ブラウン政権は上院も通過させようとしている。・・全27か国が今年この条約を批准したら、この条約は2009年1月1日に発効する。・・<そうするとEUは、>これまで欠落していた国家としての属性を与えられる。大統領、外相(と外交団)、強力な新しい内務省、検察官、そして条約をつくる全権だ。これに加えて、共通の刑事法システム及び連邦警察の原初形態、そしていささかおどろおどろしい欧州憲兵(European Gendarmerie Force)も備えることになる。・・超国家的支配に服すというのは、英国の光栄ある歴史に照らし忍びがたいことだ。対照的に、英国の欧州隣国諸国の歴史は、拭い去ることの出来ないほど、暴政(tyranny)、軍事的敗北、帝国的野蛮さ(imperial barbarity)によって汚れているが、これら諸国は、窒息させるような超国家に己達を喜々として包含せしめようとしているように見える。・・こうなったらエリザベス2世女王しか、彼女の領域を有害なるリスボン条約から救出することができないのかもしれない。女王は、これが上程されてきた時に拒否権を発動することができる。・・<拒否権を発動すれば、これは>アン女王が1708年にスコットランド民兵法(Scottish Militia Bill)<に対して発動して以来、300年ぶりということになる。>」(
http://www.csmonitor.com/2008/0324/p09s01-coop.htm  
。3月24日アクセス)
 この論考は、イギリス人のホンネの欧州観が率直に語られているという意味で貴重ですが、にもかかわらず、このような欧州諸国と運命共同体となることを意味する、EUへの主権移譲に向けて英国が静かに歩を進めていたとは、私がうっかりしていただけなのでしょうが、びっくりしました。
 これは、欧州文明に属するスコットランド(コラム#2279)のグラスゴー出身のブラウン首相だからこそ行った決断だったのかもしれませんが、それにしてもよくまあ下院が同調したものだ、と思います。
 米国の新聞がこんな論考を載せたことも面白いですね。
 このあたりのことは、いずれまた取り上げなければなりますまい。
3 東アジアをめぐる日米抗争の再燃?
 (1)日本に急接近する韓国
 朝鮮日報が親日的であることは、コラム#2426でも改めて申し上げたところですが、一昨日(22日)の同紙日本語電子版は、日本のメディアも真っ青になるほど親日的な記事を2本も載せました。
 1本目は、「再び飛翔する「日の丸飛行機」」という記事(
http://www.chosunonline.com/article/20080321000066
http://www.chosunonline.com/article/20080321000067
。3月22日アクセス)です。
 「・・ゼロ戦をはじめ「雷電」「隼」といった日本の戦闘機は弱点も多かったが、当時世界最高の機動力を誇る先端戦闘機としてその名を馳せた。第2次世界対戦終了直後、米軍が最も警戒した日本の技術は航空分野のそれだった。真珠湾攻撃当時の無残な記憶が反映されている。技術の命脈を断ち切るため、あらゆる日本製戦闘機を破壊、資料を没収し、製造した企業を解散させた。それでも飽きたらず、「航空禁止令」を出し、航空機製造や研究そのものを禁止した。その期間は10年以上にわたる。しかし日本は根気強い国だ。技術に関しては特にそうだ。1956年に禁止令が解除されると、日本政府は「5人のサムライ」と呼ばれた技術者を1カ所に集めた。戦前、三菱重工業に所属し「ゼロ戦」を作った堀越二郎は、日本最高の名門・第一高等学校と東京帝国大学工学部をそれぞれ首席で卒業した天才。そして人間爆弾「桜花」を作った木村秀政も、東京帝国大学航空研究所で戦闘機製造に貢献した人物だ。そのほか3人も第2次世界大戦時、戦闘機製造の超エリートだった。彼らは隠しておいた「ゼロ戦」の図面を取り出した。戦闘機の図面を基に開発を繰り返し、プロペラ旅客機「YS-11」を設計した。戦闘機の技術が旅客機の技術に生まれ変わったのだ。その後、設計を基に航空機製造を主導した人物が三菱出身の東條輝雄(後の三菱自動車会長)だ。A級戦犯として戦後、米軍により死刑となった東條英機元首相の二男。「おまえは技術者として報国せよ」という父の遺志を継いだのだ。しかしYS-11の生産は1972年、日本政府の決定により中止された。量産に成功し、182機を生産した直後だった。採算が悪化したというのが表向きの理由だが、航空界の覇権を握った戦勝国の圧力に負けたという説もある。この決定で、日本の航空機生産は再び30年間近い空白期間を迎えることになる。20日朝、日本の朝刊を広げると、1面に「日の丸ジェット機、悲願の就航へ」という大きな記事が目に飛び込んできた。日本の航空会社が三菱の開発したジェット旅客機を大量に導入し、路線に投入するという内容だった。日本の航空機史における、3度目の挑戦だ。三菱重工業はほかの戦闘機メーカーと同様、戦後は財閥解体の道を歩んだ。だが、東京オリンピックが開かれた64年、跡を継いだグループ企業各社は「三菱」の名の下に再集結した。会社が解散しても消えなかった技術者たちの願いが、企業を復活させたのだ。今、その念願が「日の丸ジェット機」を再び世界の空に飛び立たせようとしている。日本の「技術民族主義」がまたもや飛躍を遂げる瞬間だ。」
 何だか鬼気迫る、涙が出そうになる記事ですよね。
 2本目は、「フィギュア:真央はうれし涙、美姫は悲し涙」という記事(
http://www.chosunonline.com/article/20080322000006
。3月22日アクセス)です。
 韓国のキム・ヨナが腰痛をおして世界選手権に出場し、ショートプログラムでの不出来を挽回するフリー1位の演技で総合成績3位となったという記事を載せずに、浅田真央と安藤美姫二人に焦点をしぼった記事、それも浅田を手放しで褒め称える記事を載せたのですから、朝鮮日報の編集者も執筆した記者も親日どころか、日本人そのものだという気がしてきませんか。
 このような紙面、このような記事が出てくるということは、朝鮮日報のレベルを超えて、広く韓国民の意識下において、日本との自己同一化が急速に進行しているからだ、と考えたくなってきます。
(続く)