太田述正コラム#2467(2008.4.4)
<先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その3)>(2008.5.7公開)
脚注:リプケス(Jeff Lipkes)の’Rehearsals: The German Army in Belgium, August 1914’の紹介
リプケスは、生まれも育ちもロサンゼルスであり、カリフォルニア大学バークレー校を卒業し、プリンストン大学で歴史学の博士号を1995年に取得した。博士論文には、米経済史学会から賞が授与された。経済思想史と英国思想史(intellectual history)が専門であり、現在フロリダ州タンパの郊外に小説家の妻と一人娘と住み、執筆活動に専念している。これまでの著書はPolitics, Religion and Classical Political Economy in Britain: John Stuart Mill and his Followers 1冊だ。(
http://www.jefflipkes.com/
。4月4日アクセス)
今回上梓されたリプケスの2作目の本は、昨年10月にベルギーのリューヴェン大学出版会から欧州を対象に刊行されたものだが、今年1月には米国のコーネル大学出版会から北米を対象に刊行されている。
その内容の概要は次の通り。
ドイツは、1914年8月2日にロシアに、そして翌3日にはフランスに宣戦布告し、同時にかねてよりのシュリーフェン・プランに基づきベルギーに侵攻した(
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6
。4月4日アクセス)。そして、この8月に3週間にわたって6,000人近くの、女性と子供を含むベルギーの非戦闘員を殺害した。これは今日の米国にあてはめれば230,000人の殺害に匹敵する。また、25,000近くの家屋や建物を焼尽させた。一番酷い蛮行が行われたのは8月19日から26日にかけてだった。
この非戦闘員の大量殺害は、リージュ(Liege)、アールショット(Aarschot)、アンデンヌ(Andenne)、タミン(Tamines)、ディナン(Dinant)、そしてとりわけリューヴェン(Leuven)において、非戦闘員を無作為に、10人から20人ずつ村の広場や河辺の牧草地に連行し、あるいは牛車に乗せて収容所に集めた上で射殺する形で行われた。一番多い時は300人が一挙に射殺された。
こんなドイツ軍が進撃するにつれて、約200万人のベルギー人が逃げ惑った。
この非戦闘員の大量殺害は、市民狙撃手(francs-tireurs=civilian sharpshooters)を病的に懼れたドイツ軍兵士達がパニックに陥って行ったものだという見方が一部でなされているが、それは違う。ドイツ軍当局が、ベルギーの非戦闘員達を恐怖に陥れるという計算された狙いを持ってこのようなテロ行為的作戦の実行を兵士達に命じたのだ。
強制連行といい牛車といい、ドイツ人の態度や優越感・・自分達が戦争に勝利するためには何をやっても許されるという傲慢さ・・といい、後の第二次世界大戦の時のドイツ人と生き写しではないか。
しかし第一次世界大戦後の米英では、こういったことは戦争の際には起こりがちのことであるとか、これは、英国が米国を戦争に引き入れたり、英軍に人々を志願させたりする目的ででっち上げたフィクションであるとさえ言われるようになった。
そして、真偽いずれにせよ、この類のことを話題にするのは、第一次世界大戦時の反目を再びかき立てるようなものであり、二度と戦争をしないためには、沈黙しているべきだ、という声が主流になってしまったのだ。
(以上、特に断っていない限り
http://www.jefflipkes.com/work1.htm、
http://www2.tbo.com/content/2008/mar/14/pa-author-traces-invented-wwi-atrocities/、
http://tnt.spidergraphics.com/cup8/cup_detail.taf?ti_id=4865、
http://www.historyofwar.org/bookpage/lipkes_rehearsals.html
(いずれも4月4日アクセス)による。)
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3 終わりに代えて
以上をまとめれば、ベーカーの問題提起を最も真摯に受け止め、日本との戦争について、米英における既成観念を問い直そうとしているのはロサンゼルスタイムスであるのに対し、ワシントンポストは正反対のスタンスであり、他方、ニューヨークタイムスは、どっちともつかずのスタンスをとり、ひたすら日本との戦争の直視を避けて逃げ回っている、ということになるわけです。
この関連で、ニューヨークを拠点とする米国の有名なフリーランスのジャーナリストと、ニューヨークタイムス自身の、日本への原爆投下に関する、臆病かつ卑怯な筆致を問題にしておきたいと思います。
(続く)
先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その3)
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