太田述正コラム#2474(2008.4.8)
<英米軍事トピックス(その1)>(2008.5.9公開)
1 英国公立中等学校への軍事教練導入
 (1)英中等学校における軍事教練
 拙著『防衛庁再生宣言』198頁で、「エリート教育の模範例として紹介されることが多いイギリスのパブリックスクールは、・・戦時における将校としての基礎素養を身につけさせる場なのだ。パブリックスクールが男子校であり、ボーディングスクール(全寮制学校)であり、集団スポーツが強く奨励され、かつ軍事教育および教練が必須科目とされているのはそのためである。」と記したところです。(コラム#27でもちょっと触れた。)
 さて、イギリス(=スコットランド以外ということ)のパブリックスクールは、日本の中学校より1年7ヶ月早く始まり、高等教育前の5~6年間の教育を行う学校ですが、イギリスでは、このような中等学校(SECONDARY schools)として、パブリックスクール以外の私学のほか、もともとは公立で現在は公立と私立に分かれているところの、入学試験があるグラマースクール(grammar school)と、公立で入学試験のないコンプリヘンシブスクール(comprehensive schools)とがあります。
 このうちコンプリヘンシブスクールがイギリスの中等学校全体の9割を占めているのですが、軍事教育・訓練(教練)を陸軍、海軍、空軍に分かれて全部で42,500人の生徒が受けているところ、軍事教練はパブリックスクール等では200校で行われているのに対し、コンプリヘンシブスクールでは60校でしか行われておらず、その生徒の2%しか軍事教練を受けていません。
 こういうわけで、英国防省の毎年の軍事教練予算8,200万英ポンドの大部分はパブリックスクール等に投じられてきました。
 (2)軍事教練の拡大
 このたび英ブラウン政権は、軍事教練を全てのコンプリヘンシブスクールで受けられるようにするとともに、生徒達に軍事教練を受けるように促す政策を打ち出しました。
 そのため、各校が自前で軍事教練の機会を提供するか、地域の軍事教練に生徒を派遣するかすべきであるとしています。
 これは、英軍と英国社会の関係のあるべき姿について検討している政府審議会の答申を受けての新政策であり、そのねらいは、若者に規律を植え付けるとともに、英軍に対する認識を深めさせることです。
 英校長協会(National Association of Headteachers)は、この新政策を歓迎する声明を出しました。
 しかし、これはイラク戦争の不人気もあって欠員に苦しむ英軍のリクルート活動ではないのかとする批判が出ています。
 また、軍事教練には、火器の実射訓練も含まれることから、銃器を使った犯罪の増加につながるのではないかという批判も出ています。
 (以上、軍事教練の拡大については、
http://education.guardian.co.uk/schools/story/0,,2271362,00.html  
(4月6日アクセス)、及び
http://icwales.icnetwork.co.uk/news/politics-news/2008/04/07/gordon-brown-s-backing-school-cadet-bid-91466-20728579/
http://www.independent.co.uk/opinion/columnists/thomas-sutcliffe/thomas-sutcliffe-what-i-learned-during-my-time-in-the-ranks-805774.html?r=RSS
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/education/article3691195.ece
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/04/07/npupils207.xml
(いずれも4月8日アクセス)、イギリスの教育制度については、
http://en.wikipedia.org/wiki/Education_in_England
による。)
 (3)コメント
 反軍、反戦争的観点からの批判が出ていないところが、かつて戦争を生業としていたアングロサクソンたるイギリスらしいですね。
 しかし、そのイギリスで、パブリックスクール等での将校教育だけでは、英軍の維持がおぼつかなくなり、パブリックスクール等以外の、エリート教育の場でも全寮制でもない中等学校で、兵士教育を行わなければならないほどの切羽詰まった状況になったというところに、時代の大きな変化を感じます。 
 これで英国が、プーチン政権下で中等学校において(ソ連時代に行われていた)軍事教練を復活させたロシア(コラム#186)と並ぶ軍事教練国家になるという名誉にあずかる(?!)点も愉快ですね。
(続く)