太田述正コラム#2482(2008.4.12)
<英サウディ不祥事(続)(その2)>(2008.5.18公開)
(3)英国政府の対応
しかし、どうやらこの判決によって英国政府の姿勢が変化する可能性はなさそうです。 首相官邸筋は、判決への対応はSFOが考えるべきことだとしつつ、SFOが捜査を再開することは認めないことを示唆しました。
野党第一党の保守党も、労働党政権の姿勢を支持する方針を打ち出しています。
同党の影の法制局長官は、11日、「公共の利益に責任のある法制局長官が、安全保障上の理由により捜査を中止させる場合があるとの現行のシステムは継続されるべきだ。同長官はその行為について議会に責任を負っており、その決定が非合理的に、あるいは恣意的に行われた場合は事後的に裁判所の審査を受けることになる」と述べました。
実は英国政府は、政治的に任命されるところの法制局長官が捜査には介入できないとする一方で、が国益、就中安全保障の観点から、SFOに対してだけ捜査を中止させることを認めることとし、この捜査中止命令について、裁判所の審査を許さないこととする(注3)・・日本の法務大臣による指揮権発動制度と似ている・・という内容の法案を下院に上程し、今年中に成立させる意向を2週間前に明かにしているのですが、上記発言は、政府のこの動きを基本的に支持する旨を表明したものと見られています。
(注3)この法案では、法制局長官は安全保障や外交に及ぼす影響に関する情報を議会に開示する必要はなく、仮に議員から質問があれば、法制局長官は、SFOを所管している司法大臣(Lord Chancellor(大法官)と称する。この職位は廃止されたとコラム#1334で記したが、司法大臣の名称に流用されている!)から「かかる判断を下すに十分な証拠が得られている」旨の証明書を発出せしめれば足りるとしている。
結局、地裁判決支持、政府のこの動き反対を表明しているのは、第二野党の自由民主党だけにとどまるのです。
(以上、
http://www.guardian.co.uk/world/2008/apr/12/bae.defence、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/7342540.stm
(どちらも4月12日アクセス)も参照した。)
3 終わりに代えて
大日本帝国憲法下の日本がそうであったように、(最高裁である上院を除く)裁判所(Her Majesty’s Courts Service) も検察(Crown Prosecution Service)もいずれも司法大臣(司法省)の所管の下にあります。
何度も申し上げているように、英国(正確にはイギリス。以下同じ)は議会主権の国であり、その議会が選出するところの、かつては国王、現在では首相が行政、立法、司法を一手に掌握しているのです。
(以上、
http://www.hmcourts-service.gov.uk/、
http://www.leeds.ac.uk/law/hamlyn/courtsys.htm
(4月11日アクセス)による。)
ですから、行政、立法、司法とは言っても、それぞれの管轄が明確に区分されているわけではありません。
今回の地裁判決など、裁判所が行政権を行使したと見ることもできるし、立法権を行使したとすら見ることができるのかもしれません。
いくら何でも、少なくとも捜査に関してはそんなことは認めないことにしようとする法案が上程されようとしているのは、各官署の所管を明確に区分するという観点からすれば、「近代化」であり、ささやかな、かつ遅きに失した動きである感すらあります。
それにしても、OECDや米国との条約上の義務を無視することを厭わないという英国政府の姿勢には改めて驚かざるをえません。
こういう所にも、英国のエリートの、英国女王を元首にいただく諸国以外のあらゆる国々に対する蔑視と言って悪ければ優越感の一端が現れていると私は思うのです。
これに関連してもう一つ改めて痛感するのは、安全保障に関わることにあっては、英国政府は条約であれ法律(英国には憲法は存在しない)であれ、いかなる法規範にも拘束されないのを自明のことと思っているらしい点です。
英国ほどではないものの、対テロ戦争以後の米ブッシュ政権が推進してきた様々な超法規的テロリスト対策を見ていると、同様のことを感じますね。
こういう点ではやはり米国はアングロサクソンであると言えそうです。
(完)
英サウディ不祥事(続)(その2)
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