太田述正コラム#2562(2008.5.22)
<最近の日本の論説等に思う>
1 始めに
 気のせいか、日本のネット上で、ほぼ日経BPに限っての話ですが、最近、読み応えある論説・コラムが散見されるようになったように思います。
 この3日間に限ってそのいくつかをご紹介しましょう。
2 読み応えのあった論説・コラム
 (1)市場原理主義社会ではないイギリス
 「・・・アダム・スミス<の>『道徳感情論』・・・は、人間は自分の利害に関係しなくても、他人の感情や行為に関心を持ち、それが適切かどうかを判断する、というごく当たり前の指摘から始まる。そのための能力をスミス<が>「同感」と呼<んだことが>注目<される>。人間は、いろいろな感情や行為のうち、あるものは他人によって是認され、あるものは否認されることを、経験によって知る。そこでどうするかというと、自らの胸中に「公平な観察者」を置き、それによって、自己および他者の感情や行為を評価する。ここで、スミス曰く、人間は二種類に分かれる。世間の評判のみで評価を下す・・・弱い・・・人と、公平な観察者の評価を頼りにする・・・賢・・・人である。・・・ スミスの慧眼はこの弱い人、もしくは個々の人間の弱さが経済発展の原動力であることを見抜いた点だった。・・・賢明さが発揮されない社会は滅びる。賢明さとは、社会秩序の基礎となる倫理や正義感といってもいい。人間の弱さが社会の繁栄を導く原動力なのだが、そのためには賢明さによる制御が不可欠となる。・・・」(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080515/156732/
。5月20日アクセス)
 ある日本の本に関するこのコラム(書評)を読んで、大昔に買って積んであるだけの『道徳感情論』を読んでみようかという気にちょっとなりました。
 スコットランド人たるアダム・スミスは、イギリスを外部者として、かつ内側から観察し、定式化した一人(例えば、コラム#2496(未公開))であるわけですが、スミスは決してイギリスを市場原理主義の社会とは思わなかった、という点は重要です。
 たまたま、同じ日の日経BPに、「なぜ中国でアニメの産業化が進まないか?」というコラムが載っていました(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080516/157149/
。5月20日アクセス)が、オタク(個人主義的人間)不在の市場原理主義者ばかりの中共、しかも一党独裁の中共における産業化がいかにいびつな形で進行せざるをえないか、改めて考えさせられました。
 (2)ホロコースト
 
 「かつてホロコーストは、ヒトラーをはじめヒムラー、ゲッベルス、ハイドリヒ、アイヒマンなど、ナチ指導者たちの責任論で片づけられることが多かったが、現在では一般ドイツ人を含む広範囲の人間の社会的な問題と認識されつつある。・・・1933年にヒトラーが政権を獲得してはじまったユダヤ人弾圧政策は、当初、ドイツからユダヤ人を「追放」することであった。・・・しかし、この目論みが崩れてしまうのは、オーストリア、チェコ、ポーランドと支配地域を東方へと拡張していったことによる。・・・ 「ゲットー」と呼ばれるユダヤ人の強制移住区がソ連との境界に近い都市近郊に誕生していったのは、当初は殺戮のための施設でなく、追放に向けた暫定的な待機施設だったと推測させる。しかし、追放計画は軌道に乗らず、大規模化した収容所はある日を境に、効率的な殺戮を目的とする施設へと切り替わる。分岐点となったのは1941 年。独ソ戦の膠着と食料事情の悪化で、ドイツは収容所に詰め込めるだけ詰め込んだユダヤ人の処理についての「最終判断」を迫られ・・・ガスによる大量殺人<が始まる>。・・・この件に関してはなぜか文書が残っていない。・・・ヒトラーはホロコーストの実態を掌握することなく、取り巻きによる暴走との説もあ<る。>・・・収容所<では、>ユダヤ人がユダヤ人を管理する自治組織を作らせ、死体の山の処理にいたるまでをもユダヤ人にさせ<た。>」(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080515/156733/。5月21日アクセス
 私自身、ホロコーストは何度も(最近ではコラム#2507)取り上げてきたテーマですが、このコラム(書評)が取り上げている日本の本が、英米における最新の研究をきちんと反映していることに感銘を受けました。(ちょっと甘いかな?)
 何度でも、私がとにかく強調したいのは、(ヒトラー個人の関与の有無いかんにかかわらず、)ドイツ人のコンセンサスを踏まえてナチスドイツ当局が組織的計画的に推進したホロコーストと、日本人が「旅先」における規律の弛緩によって引き起こした南京事件等とを、われわれは決して同列視してはならない、ということです。
 (3)官製不況
 私はかつて、大前 研一氏の国際政治音痴ぶりに辟易した記憶がありますが、狭義の経済問題にしぼった氏の以下のコラムは圧巻でした。
 「昨年の8月くらいから日本の景気が下降し<ている。>・・・日本が不況に向かう真の道筋・原因をつくったのは、・・・役所・官僚・政治家である。つまりこの不況は「官製不況」と呼ぶのがふさわしい。・・・今から15年ほど前に、金融不況をつくりだしたの<が>当時の大蔵省を中心とした官僚たちであった<のと同じだ。>・・・半年くらい前には日銀総裁だった福井氏が、国民が不良債権に払った額は300兆円だったと言っている。・・・その膨大なお金を支払ったのは、国民である。国民が「金利をもらわない」という世にもまれなやり方と、そして税金で支払ったわけだ。このような芸当ができるのも、日本人が世界的にも珍しいほど、おとなしい国民だからということにつきる。0.1%という金利でも、日本から逃げずに じっと我慢していたのが日本人なのだ。・・・
 投資家保護・・・の目的でつくられた金融商品取引法は、極めて厳格・複雑、かつ思慮が浅い。「米国でSOX法が出たから日本ではJ-SOX法だ」などと言って、そのまま持ってきてしまう。だからいくらも経たないうちに矛盾が噴出して、ファンドの規制などが起こっている。その結果、外国からのお金が日本に入ってこなくなり株価の低迷が始まっているのだ。・・・
 政府の考える労働者保護も、労働力不足と人件費アップを招こうとしている。このままでは企業が国内から逃げて、人件費の安いベトナムへ行こうということになるはずだ。結果、国内の雇用が駄目になる。
 改定貸金業法は、グレーゾーン金利の撤廃と上限金利20%、毎月の返済上限を月収の1/3と決めた。しかし・・・実は上限金利20%ではあの手の会社は経費倒れになってしまうのだ。・・・その影響で中小・零細企業にしわ寄せが行っているのだ。まさに官製不況だ。もちろんこれでサラ金の被害がなくなったわけではなく、今では違法な貸し金業者が年率20%はおろか50~100%で貸して、雪だるま式に膨れる金利を暴力的に取り立てるヤミ金融が跋扈するという異常事態をも併せてつくりだしている。・・・
 改定建築基準法も似たようなものである。耐震偽装が明らかになった姉歯事件から社会的な関心が高まって、二重チェック、確認書類の増加、設計変更の厳格化というルールが定められた。しかし、あまりにも時間のないなかで進められたために、突然の官製不況が起こったのである。・・・着工件数は4割減になってしまった。それに伴う倒産も去年(2007年)は多く発生している。・・・
 数年前のことだが、経産省が『買収防衛指針』というものをつくった。これはもともと敵対的買収に対する企業の過剰防衛を戒めるためのものだった。 ところが逆に企業の買収防衛導入策を促進させることになった。」(
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/132/
。5月22日アクセス)
 要するに、官僚機構は、経済官庁を含め、どうしようもない愚行をばかりやらかしているということです。もちろん、官僚機構をコントロールすべき自民党の政治家達はもっとひどいのですが・・。
 思うに、日本の一般国民は、江戸時代に培われ、明治維新の成功によって徹底的に刷り込まれてしまったところの、「お上」に対する信頼感なる幻想を、一刻も早く捨て去らなければならないのです。
 どうしてここまで日本のエリートが劣化したかは私がこれまで縷々ご説明してきたところですが、日本の第二の明治維新・・国としてのガバナンスの確立(注)と開国・・を実現するためには、あらゆる手段を用いて国民のこの幻想を粉砕しなければなりません。
 (注)第一の明治維新の時は「幕藩体制から中央集権国家」へと体制変革したわけだが、第二の明治維新にあたっては「米国の属国から独立国」へと体制変革することになる。
 (4)のたれ死にが待っている日本
 第二の明治維新がどうして焦眉の急であるかは、山崎養世氏のコラムを読んだだけでも一目瞭然です。
 「資源の富は、軍事力や警察力で地域を独占し、外国から資本と技術を導入すれば、容易に富を得ることがで きる点において、製造業やサービス業と産業の構造が根本から異なります。 ・・・世界は、グローバリゼーションによる新興国中心の高度成長と引き換えに、エネルギーと食糧を手に入れるのが不安定な世界に突入した。・・・途上国が消費市場の中心になるにつれ、価格競争と量産効果で自動車の価格破壊が世界で起きるのは時間の問題でしょう。・・・ 一方で、自動車の材料は値上がりします。その代表が日本が世界に冠たる鉄鋼です。鉄鋼の材料である鉄鉱石と石炭は3社ほどの資源メジャーに独占されています。さらに、需要が中国などの新興国を中心に続伸した結果、鉄鉱石と石炭の大幅な値上げを日本の鉄鋼メーカーは飲まされました。そのコスト増加分は年間3兆円に達する見通しです。・・・日本の自動車メーカーにとっては、自社製品の価格破壊、材料価格の高騰というダブルパンチが構造的問題になり得るのです。そうなれば、あまたの部品メーカーにまで影響が及ぶでしょう。生き残りのためには、インドや中国などの新興国に一層生産設備を移し、日本国内の生産を縮小せざるを得ません。国内で販売されるものの多くも外国で生産したものを輸入することになります。事は自動車に限りません。国内の雇用は減り、貿易収支は悪化します。ただでさえ、少子高齢化で財政収支が悪化しているところへ、貿易収支が悪化すれば、双子の赤字という事態になります。そのうえ、工業製品の相対価格が原料に比べて低下するという交易条件の悪化が起きるのです。それは長期的には、日本の貿易収支を悪化させるでしょう。し かも、将来は成長率の低い日本の円は、ドルと並んで、新興国通貨に対して低下することが十分予想できます。ますます日本国の交易条件は悪化します。今まで通り、日本は食糧も石油も買えるのでしょうか。答えはノーです。・・・」(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080520/157925/
。5月22日アクセス)
 (なお山崎氏は、日本はせめて食糧自給率の向上を、と主張しておられますが、食糧自給率を向上させようとすれば、食糧生産のために必要な資源の輸入(リン鉱石や(当面では)石油)が増えることもあり、このご主張には首をかしげざるを得ません。)
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太田述正コラム#2563(2008.5.22)
<ブレア前英首相夫人の言いたい放題(その2)>
→非公開