太田述正コラム#2506(2008.4.24)
<ロシアの体制(その2)>(2008.5.28公開)
(2)ルーカス批判
ルーカスのこのような指摘に対しては、様々な批判が投げかけられています。
私見を織り交ぜながら、これらの批判をご紹介しましょう。
第一に、プーチンのロシアの現在の繁栄は石油価格の高騰によってもたらされたあだ花であると言っても過言ではありません。そもそも、ロシアの人口は毎年100万人ずつ減少していますし、国防費は米国のわずか10%弱に過ぎず、経済規模はまだベルギーとオランダの合計程度にしかすぎません。
ロシアを過大評価するのは欧米の宿痾のようなものです。
しかし、英国だけはその例外だったというのに、英国人ルーカスは一体どうしてしまったのでしょうか。
例えば、1870年代に、当時のロシアの首都だったサンクト・ペテルブルグの英駐在武官であったウェレズリー(Frederick Wellesley)大佐は、ジャーナリスト達に以下のように語っています。
「<ロシアは>いかに自分が軍事的、財政的に弱体であるかを自覚している。しかし、他国がロシアを強大であると思ってくれることには大喜びだ。実際ロシアはよく脅しをかけるけれど、戦うことはまずない。ロシアは自分が<中央アジアで>置かれている立場がいかに危ういかを知っている。しかしイギリスの新聞が、巨大な「北方の巨人」が何時の日にかインドからわれわれを追い出してしまうであろうと警告を発する記事を書き続ける限り、また、こんな観念の横行から空虚な栄光がもたらされることでロシアが満足できる限り、ロシアはかかる誤った評判が流布するにまかせることだろう。」と。
ちなみに米国には、ウェレズリーのようなことを言う人物はほとんど現れた試しがないと言ってよいでしょう。
1881年、ロシアの皇帝アレクサンドル2世(Alexander 2。1855~81年)がサンクト・ペテルブルグでテロリスト達によって暗殺された(注1)ことでロシアへの熱い思いをかき立てられ、米国から、ミズーリ州のジャーナリストであったブエル(James William Buel)がロシアを訪問し、その国中を取材して回り、「文明が急速に東方世界に普及しつつある。・・・銃剣によって、或いは賛美歌集によってロシア皇帝の領土の全域に向けてこの行進は続けられることだろう」と本に記しました。
(注1)この暗殺事件は、アレクサンドルの死をみとった皇太子(アレクサンドル3世)とその長男(ニコライ2世)に大きな影響を与え、農奴解放令を発布する等開明的な皇帝であったアレクサンドルが、議会(Duma)開設を予定していたというのに、彼らによって、議会の開設は1905年まで遅らせられ、秘密警察(Okhrana)を用いた文字通りの恐怖政治が行われることとなった(
http://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_II_of_Russia#Ancestors
。4月24日アクセス)。
この本を読んだ米国の宣教師、経済アドバイザー、そして活動家達は、神、資本主義、そして自由をロシアに移植すべく続々とロシアに渡ったのです。
これは、米国内で奴隷廃止運動が高まった時期と一致していました。
昔も今も、米国人の国際音痴ぶりには全く困ったものです。
第二に、少なくともルーカスの母国である英国では、2006年にロシアがウクライナ向けの天然ガスのパイプラインを短期間閉めた時、ただちに対ロシア政策を、ロシアの天然ガスへの依存なくす方向へと180度転換させています。国によっては適切な対応を既にとっているということです。
第三に、ロシアとの間で冷戦が復活したかどうかについてですが、ルーカス自身が否定的なことを記しています。
冷戦時代とは違って、東欧諸国は今やロシアの軛から解放されていますし、ロシア人だって昔と違って外国に自由に行くことができます。また、ロシアの国防費の規模についても上述したとおりです。肝腎の天然ガスについても、ルーカスは、この10年内にもロシアの天然ガスが枯渇する可能性があり、そうなった場合にどうすべきかをよくよく考えるべきだ、と言っているくらいです。
それにロシアが繁栄しているとは言っても、二桁のインフレが続き、給与の上昇がかつかつそれに追いついている程度であることから、ロシアの一般庶民の生活は少しも向上していません。
このこととも関連しますが、プーチンの人気が絶大だとされてはいるものの、ルーカス自身、政府の目が光っているため人々はモノを言うことを控えており、古い友人でも電話で話すことすら厭うようになってきていると記しており、こんな状況下では、世論調査の調査員に人々がホンネを明かすわけがない、と思わなければならないのです。
第四に、非民主主義的にして非自由主義的な(=法の支配が欠如している)国で市場経済的な繁栄を享受している国として、現在、ロシア以外に中共があることを忘れてはならないでしょう。
要するにロシアも中共もファシスト国家であるわけですが、有力国家群がファシスト国家であるという時代はナチスドイツやファシストのイタリアの時代以来久しぶりのことです。
どこが違うかと言えば、ナチスドイツやファシストのイタリアに比べて、ロシアも中共もはるかに侵略的ではないことと、ロシアや中共は広大であり、軍事力で屈服させたり占領したりすることは不可能に近いとことです。
結局のところ、自由民主主義諸国は、ロシアや中共と、冷戦ならぬ共存共栄を図っていく以外ないということになりそうです。
(続く)
ロシアの体制(その2)
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話題から反れて申し訳ないですが、太田さんは難しい漢字表現をよく御存知ですね。私なんぞ足元にも及びません。意識して勉強されたのでしょうか?因みに漢字検定などは受けられていますか?
中共に関しては中央政府が建設した高速道路で地方政府が勝手に料金徴収したり、四川大地震でも中央政府が取材許可した地域でも地方政府が禁止にしていたりというふうに、中央政府の統治の形骸化が進んでいるのではないでしょうか?。中共は19世紀末の清朝化してきつつあるのではと考察しています。日清戦争直前でも清朝は各軍閥により事実上分裂していましたが清国海軍は対外的には十分に強大でした。現代の中共も自衛隊機派遣問題にみられるように内部分裂しており、逆にそれを糊塗するために外交問題では強硬な態度にでるのだと思います。